この度「大腸癌治療ガイドライン医師用2016年版」を刊行しました。「大腸癌治療ガイドライン医師用2014年版」が完成した時点では次回の改訂版は2018年に刊行する予定でした。その後,化学療法の領域で大規模臨床試験の結果や化学療法を行う上で重要な研究結果が発表されました。そのいくつかは大腸癌研究会のホームページに,「大腸癌治療ガイドライン医師用2014年版に追記すべき臨床試験の結果」として論文を紹介するとともにガイドライン委員会のコメントを掲載しました。しかし,ホームページでの記載だけではこれらの臨床試験の結果が化学療法のアルゴリズムの中でどのような位置付けになるのかが明確ではありません。さらに,それら以外にもガイドラインに記載するに値する臨床試験の結果が公表されています。また,k-RASに加え抗EGFR抗体薬が奏効しないことを示すバイオマーカーが明らかになりました。これらのことから,化学療法の領域に限ってガイドラインを改訂することになりました。
ガイドライン作成委員会では推奨するレジメンの基準を,①第Ⅲ相試験で有効性・安全性が検証されたレジメン,②第Ⅲ相試験で有効性・安全性が検証されたレジメンであれば,当該治療ライン以降の治療ラインでも推奨する,③同系統の薬剤を用いたレジメンにおける有効性・安全性が第Ⅲ相試験で検証されていれば,第Ⅱ相試験などで有効性・安全性が確認されていることを条件に推奨する,ただし殺細胞性抗がん薬の併用の場合はそのレジメンの当該治療ラインにおける有効性・安全性が第Ⅲ相試験で検証されていることが必要,と設定して,推奨レジメン,アルゴリズム,コメント,を作成しました。新薬と既存の薬剤の組み合わせだけでなく既存の薬剤同士の組み合わせを含め様々なレジメンが効果的である可能性が考えられ,治療ラインも一次,二次,三次,四次,五次と増えてゆく中,あらゆるレジメンを第Ⅲ相試験で検証してゆくことは不可能となってきています。そのため,以前は推奨するレジメンを①の基準だけに限定していましたが,この度は②,③の基準を追加しました。
「レジメンを羅列するだけではなく推奨順位を提示してほしい」との要望もいただいています。しかし,臨床試験の結果だけから推奨順位をつけることには臨床的にかなり問題があります。臨床試験では限られた条件の患者さんを対象にして行われており,また,多くの臨床試験では無増悪生存期間でレジメンの有効性を評価しています。さらに,有意差が出たとしてもその違いは小さな値です。一方,実地臨床では,無増悪期間としての有効性だけでなく,レジメンの副作用,癌の広がり,患者さんの身体条件,人生観,生活環境,その後に投与される可能性のあるレジメン,など様々な条件を考慮してレジメンを決めることが大切であり,臨床試験の結果からだけで判断はしていません。
「大腸癌治療ガイドライン医師用2016年版」が患者さんに投与する適切なレジメンの決定に役立つことを期待しています。
2016年11月1日
大腸癌研究会会長
杉原 健一