各論
Ⅰ.家族性大腸腺腫症(familial adenomatous polyposis:FAP)
1 概要
- 家族性大腸腺腫症(familial adenomatous polyposis:FAP)は,APC 遺伝子の生殖細胞系列変異を原因とし,大腸腺腫の多発を主徴とする常染色体優性遺伝性の疾患である(サイドメモ1:ゲノムの変化の記載法,生殖細胞系列変異と体細胞変異,付録:Ⅱ.ゲノムバリアントの記載法)。
- 放置すると患者のほぼ100%に大腸癌が発生する。
- 大腸癌以外にも,消化管その他の臓器にさまざまな腫瘍性および非腫瘍性の随伴病変が発生する。
〔臨床像〕
- 大腸癌の発生は10歳代での報告もあるが,40歳代でほぼ50%,放置すれば60歳頃にはほぼ100%に達する(資料:Ⅰ.家族性大腸腺腫症 資料図1:大腸癌の累積発生率)。
- FAPの死因の第1位は大腸癌で,その割合は1980年代までは約80%であったが,90年代以降は約60%と減少傾向にある(表1)。
- 主な大腸外随伴病変(表2)のうち,十二指腸癌,デスモイド腫瘍は大腸癌以外のFAPの主要な死因である。
〔原因遺伝子〕
〔遺伝形式〕
〔がん化のメカニズム〕(
図1A,1B)
- APC 遺伝子の2つのアレル(allele)のうちの一方の生殖細胞系列の変異に加え,もう一方のアレルのAPC遺伝子が欠失する(ヘテロ接合性の消失:loss of heterozigosity:LOH)(サイドメモ1:染色体不安定性,ヘテロ接合性の消失)など後天的にtwo-hit目の体細胞変異が大腸の上皮細胞に加わると,異常腺窩巣(aberrant crypt foci:ACF)(サイドメモ1:異常腺窩巣)が発生すると考えられている。
- APCタンパクの機能異常により細胞内に蓄積したβカテニンは,細胞質内から核内への移行が増加し,TCF4と複合体を形成した結果,転写が促進される。
- APCタンパクの機能異常による染色体不安定性(chromosomal instability:CIN)への関与のメカニズムは不明であるが,がん化に関連した遺伝子にLOHなどの変化が起こりやすい状態となる。ACFから腺腫を経て大腸癌が発生するためには,KRAS遺伝子やTP53遺伝子などの発がんに関連する遺伝子に変異が加わると考えられている(multi-hit theoryまたはmulti-stage model)。
〔頻度〕
- 全人口における頻度は,欧米では1:20,000から1:10,000,わが国では1:17,400と推定されている。全大腸癌患者のうち,1%未満がFAP患者と推定されている。大腸癌研究会の多施設共同研究では,FAPの大腸癌は全大腸癌の0.24%であった。
サイドメモ1
■ゲノムの変化の記載法
Human Genome Variation Society(HGVS)http://www.hgvs.org/mutnomen/による記載法を用いることが一般的である。これまでゲノム配列の変化を,「変異(mutation)」や「多型(polymorphism)」という用語で表現することが多かったが,これらの用語が使用者により異なる意味で使われるなど混乱をきたしていることから,「sequence variant」,「alteration」,「allelic variant」の用語を使用することが推奨されている。これらの用語は,参照配列に対して変化を認めたことを表現するものであり,病気との因果関係などの意味は持たない。また,「病的(pathogenic)」という表現もどのような状況のもとで使用されているかを十分配慮して用いる必要があり,今後「affect function」などの表現が使われる可能性がある。
■生殖細胞系列変異と体細胞変異
精子あるいは卵子を経由して受け継がれる変異を生殖細胞系列変異という。受精卵の時点で変異が存在するため,全身のすべての細胞がその変異を持つ。それに対して,身体を構成する生殖細胞以外の細胞に新たに生じた遺伝子変異を体細胞変異という。
■FAPにおけるAPC遺伝子変異
FAPにおける腫瘍では,APC遺伝子の生殖細胞系列変異と体細胞変異により,短い不完全なタンパク(truncated protein)が作られるために,APCタンパクの機能異常が生じると考えられている。
■染色体不安定性(chromosomal instability:CIN)
CINとは,がん細胞などで見られる染色体の数の異常や構造異常(欠失,重複,転座など)のこと。腫瘍化の原因になると考えられている。
■ヘテロ接合性の消失(loss of heterozygosity:LOH)
両親から各々受け継がれた遺伝情報のうち,相同な領域において異なる塩基配列が存在する場合をヘテロ接合性(heterozygosity)という。FAPの場合,正常細胞ではAPC遺伝子の片側にのみ病的な変異が存在しており,もう一方のAPC遺伝子は正常(野生型)である。この状態がヘテロ接合性であるが,がん化の過程で野生型のAPC遺伝子が欠失により失われることをLOHという。
■異常腺窩巣(aberrant crypt foci:ACF)
ACFは,内視鏡の通常観察では正常粘膜と区別することはできないが,拡大視観察ではメチレンブルーに濃染する異常腺管の集合として確認できる。ACFの一部は腺腫や癌の前駆病変と考えられている。
2 診断
1)診断の流れ(図2)
- FAPの診断は臨床的または遺伝子診断により行われる。
【臨床的診断】
(1)または(2)に合致する場合はFAPと診断する。
(1)大腸にほぼ100個以上の腺腫を有する。家族歴の有無は問わない。
(2)腺腫の数は100個に達しないがFAPの家族歴を有する。
【遺伝子診断】
APC遺伝子の生殖細胞系列変異を有する場合はFAPと診断する。
- 大腸におよそ100個以上の腺腫がある場合でもFAPと診断できない例外(劣性遺伝形式のMUTYH関連ポリポーシス)がある。したがって優性遺伝に矛盾しない家族歴はFAPの補助診断としてきわめて有用である。
- 大腸外随伴病変は大腸腺腫の個数にかかわらずFAPの補助診断として有用である。
- 臨床的にFAPと診断されても,その20~40%にはAPC遺伝子変異が検出されない。(CQ1)
- 患者が自身の診療や血縁者の診断のために遺伝学的検査を希望する場合,あるいはattenuated FAP(AFAP)とMUTYH関連ポリポーシスやポリメラーゼ校正関連ポリポーシス(polymerase proofreading-associated polyposis:PPAP)との鑑別が必要な場合,APC遺伝子の遺伝学的検査を考慮する。この検査は検査会社で実施可能である(保険収載されていない)(サイドメモ2:遺伝学的検査)。(CQ1)
サイドメモ2
■遺伝学的検査
「遺伝子検査」という用語は,「体細胞の遺伝子検査」なのか「生殖細胞系列の遺伝子検査」なのか区別がつかないため,前者を「体細胞遺伝子検査」,後者を「遺伝学的検査」と呼ぶことが日本臨床検査標準協議会の「遺伝子関連検査標準化専門委員会」から提言された。また,これらの呼称は,遺伝医学関連学会などにより作成された日本医学会の「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」でも分類・定義されている。
2)腺腫密度による分類
- 腺腫密度により,密生型FAP,非密生型FAP,attenuated FAPに分類されることがある。密生型FAPと非密生型FAPをあわせて,典型的(古典的)FAPとも呼称される。
- 腺腫密度はAPC遺伝子の生殖細胞系列変異の部位や大腸癌発生のリスクと関連する。
- 密生型FAP(severe/profuse/dense FAP):肉眼的に正常粘膜が観察できないほど腺腫を発生する場合(図3)(サイドメモ3:密生型と非密生型の境界)。ただし,大腸の部位によって腺腫密度が異なることもしばしば経験する。
- 非密生型FAP(sparse FAP):正常粘膜を背景に腺腫が多発し,腺腫数がおよそ100個以上の場合(図4)。
- AFAP(attenuated FAP)注1:腺腫数が,およそ10個以上100個未満の場合。(CQ2)
- 密生型FAPではAPC遺伝子のcodon 1250~1464(特にcodon 1309),AFAPでは,APC遺伝子の5’側や3’側の領域のほかに選択的スプライシング領域(変異により特定のexonが転写時に読み飛ばされる領域)に生殖細胞系列変異が認められることが多い。
- 大腸癌研究会の多施設共同研究によると,密生型FAPではその他のFAPと比べて腺腫発生の年齢やがん化の年齢も早く,密生型で40歳,非密生型で47歳,attenuated型で55歳になると半数に大腸癌の発生がみられた。
注1 attenuated FAP
軽症型FAP,希薄型FAP,散発型FAPなど定訳はない。
サイドメモ3
■密生型と非密生型の境界
大腸腺腫の個数によって密生型>1,000個(または2,000個),非密生型100~1,000個(または2,000個)に分類されることがある。これらを典型的FAPとし,腺腫数の少ないAFAP(attenuated FAP)は10~99個とする報告が多い。密生型と非密生型を厳密に区別する臨床的意義は乏しい。
3)随伴病変
- 腫瘍性あるいは非腫瘍性の大腸外随伴病変が合併する。
- 胃底腺ポリポーシス(図5),胃腺腫(図6)(CQ10),十二指腸腺腫(図7)(CQ11),乳頭部腺腫(CQ12),デスモイド腫瘍(図8)(CQ14),皮下の軟部腫瘍・骨腫などの腫瘍性病変と歯牙異常(図9)は,FAPの補助診断として参考になる(サイドメモ4:ガードナー症候群)。
- FAP患者において,Helicobacter pylori非感染者に胃底腺ポリポーシスが多い傾向がある。しかし,FAPの胃底腺ポリープの一部は悪性化する可能性もあるためサーベイランスが必要である。
- FAP患者には,陥凹型や隆起型の胃腺腫が発生する(図6)。
- 非腫瘍性の先天性網膜色素上皮肥大(図10)は大腸腺腫より早期に出現する。補助診断として参考になる(サイドメモ4:先天性網膜色素上皮肥大)。
- 腫瘍性病変として,デスモイド腫瘍のほかに,甲状腺癌,副腎腫瘍,肝芽腫,脳腫瘍などが発生することがある(サイドメモ4:ターコット症候群)。
サイドメモ4
■ガードナー症候群/Gardner syndrome
皮下の軟部腫瘍,骨腫,歯牙異常,デスモイド腫瘍などを伴う大腸腺腫症はガードナー症候群と呼ばれ,FAPとは別に扱われた時期もあったが,その後FAPと同様にAPC遺伝子の生殖細胞系列変異が原因であることが明らかになり,近年ではこの疾患名が使われない傾向にある。
■先天性網膜色素上皮肥大/Congenital hypertrophy of the retinal pigment epithelium:CHRPE
先天性網膜色素上皮肥大は網膜上の不連続平坦な色素性病変で,臨床症状はなく治療の必要はない。視力に影響はなく,悪性化もしない。FAP患者の約80%に合併し,生下時より認めることから,小児などのFAP補助診断に有用である。
■ターコット症候群/Turcot syndrome(type 2)
APC遺伝子変異を有する大腸腺腫症に脳腫瘍(おもに小脳の髄芽腫)を合併するもので,ターコット症候群のtype 2に分類される(ターコット症候群type 1はリンチ症候群参照)。
4)鑑別を要する疾患・病態
APCモザイク:
APC遺伝子の体細胞変異が個体発生の過程で起こった場合,APC遺伝子に変異がある細胞とない細胞から構成されるモザイク状態が生じる。大腸の粘膜細胞に分化する細胞にこの異常が起きると,FAP同様大腸腺腫が多発する。APC遺伝子変異が明らかになったFAP患者の1.6~4%にAPCモザイクが認められ,家族歴のないFAPの11~20%がAPCモザイクであったと報告されている。臨床的にはFAPとして対応する。また,APC遺伝子変異が生殖細胞の一部に存在する(性腺モザイク)場合は,次世代にも遺伝する可能性がある。
MUTYH関連ポリポーシス(MUTYH-associated polyposis:MAP):
MAPは,塩基除去修復遺伝子の一つであるMUTYH遺伝子の両アレルにおける生殖細胞系列の病的変異を原因とする常染色体劣性遺伝性疾患である。大腸に10~100個の腺腫を認めるのが特徴であるが,100~1,000個の場合もある。日本人におけるMUTYH遺伝子変異の頻度や全大腸癌に占める割合は不明である。大腸癌の浸透率(遺伝子変異を有する症例中で大腸癌を発症する人の割合)は60歳までで43~100%である。MAPの患者ではFAPと同様の随伴病変が報告されている。本邦では本疾患の報告は少なく,不明な点も多い。治療はAFAPに準じて行われる。
PPAPは,DNA複製の際のエラーを修復する機能(校正機能)を持つPOLE遺伝子やPOLD1遺伝子の生殖細胞系列の病的変異を原因とする常染色体優性遺伝性疾患である。大腸の腺腫の数は数十個であることが多いが,腺腫を合併しない症例も報告されている。PPAPの大腸外病変として,POLE遺伝子が原因の場合には,十二指腸腺腫・癌や脳腫瘍を,POLD1遺伝子が原因の場合には,子宮内膜癌や,乳癌,脳腫瘍を併発するとの報告がある。PPAPに発生する大腸の腫瘍(大腸腺腫・大腸癌)は,通常の大腸癌と組織学的に区別がつかないので,確定診断のためには遺伝学的検査が必要となる(サイドメモ2:遺伝学的検査)。
3 治療
1)大腸腺腫の治療
- 確実な治療法は大腸癌を発生する前に大腸切除を行うこと(予防的大腸切除)である。
主な術式として
(1)大腸全摘・回腸人工肛門造設術(TPC)
(2)大腸全摘・回腸囊肛門(管)吻合術(IPAA)
(3)結腸全摘・回腸直腸吻合術(IRA)
がある(図11,表3)。
- 現在では大腸全摘・回腸囊肛門(管)吻合術が標準的術式と考えられ,施行される割合も多い。(CQ3,CQ4)
- 一般的に20歳代で手術を受けることが推奨される。(CQ5)
サイドメモ5
■術式の名称
わが国では回腸囊肛門管吻合術をileoanal canal anastomosis(IACA)と呼称することが多いが,欧米では回腸囊肛門吻合術と回腸囊肛門管吻合術を区別せずに一括してileal pouch-anal anastomosis(IPAA)と呼ぶことが多い。また,回腸囊肛門吻合術をhand-sewn IPAA,回腸囊肛門管吻合術をstapled IPAAと呼ぶこともある。回腸直腸吻合術(ileorectal anastomosis:IRA)の吻合部の高さ(残存直腸の長さ)には明確な定義はなく,結腸全摘術も結腸亜全摘術も同義として扱われる。なお,大腸全摘・回腸人工肛門造設術はtotal proctocolectomy(TPC)と呼称されることが多い。
- 近年予防的大腸切除において腹腔鏡下手術の割合が増えている。(CQ6)
- 予防的大腸切除時に腸間膜内にデスモイド腫瘍を認める場合には,デスモイド腫瘍の再発・増大や技術的な問題からIPAAは一般的に推奨されないが,一定の条件のもとでは許容される。(CQ3)
- 女性のFAPに対する大腸全摘術は妊孕性が低下する可能性がある。(CQ7)
- 薬物治療として非ステロイド系抗炎症薬(non-steroidal anti-inflammatory drugs:NSAIDs)が試みられたが,有用性は明らかでない。(CQ8)
2)大腸癌の治療
- 進行大腸癌を伴う場合は進行大腸癌に対する標準的治療を行う。治癒が見込める場合にはFAPの病態により術式を選択する。
- 進行大腸癌を契機に発見されたFAPに対する術式は,大腸癌の進行度,部位などを考慮して総合的に決定する。治癒切除が見込める場合には領域リンパ節郭清を含む大腸全摘術や結腸全摘術も選択肢となるが,治癒切除が見込めない場合には散発性大腸癌の場合と同様の術式を選択する。
- FAPに合併する大腸癌に対する化学療法は,散発性大腸癌に対する化学療法と同様に行う。
- 大腸全摘術や結腸全摘術後においても,「大腸癌治療ガイドライン」に基づいた化学療法の選択が可能である。
- 転移巣に対しても,治癒切除が見込める場合には,散発性大腸癌に対する場合と同様に行う。
3)大腸切除前に行う大腸外随伴病変に対する検査
- 進行大腸癌合併の有無にかかわらず,大腸切除時には大腸外随伴病変をチェックしておくことが望ましいが,その有用性についてのエビデンスは乏しい。
- 大腸切除前には,胃・十二指腸病変やデスモイド腫瘍の有無をチェックしておくことが推奨される。
- その他の腫瘍性病変に対する検査については,大腸切除後のサーベイランスの際に行ってもよい。
- 上部消化管内視鏡検査を行って,胃・十二指腸(乳頭部を含む)の腺腫や癌の有無をチェックする。
- デスモイド腫瘍の有無は触診,CTあるいはMRIでチェックする。
- 甲状腺癌(特に女性)に対する超音波検査は必ずしも大腸切除前に行う必要はないが,術後のサーベイランス計画には必ず組み込む。
- 一般的に,小腸造影や小腸内視鏡(カプセル内視鏡)検査は大腸手術前には行わない。小腸病変が疑われる症状・所見(術前画像診断を含む)がある場合には行う。
- 副腎腫瘍は頻度が低く,肝芽腫は2~3歳まで,脳腫瘍は青年期までに好発するので,これらの腫瘍性病変に対する術前検査は一般的に必要ない。
4 術後のサーベイランス
1)大腸切除後のサーベイランス
- 予防的大腸切除後に大腸粘膜が残存している場合には,新たに大腸癌が発生する可能性を考慮し,定期的な大腸内視鏡検査が必要である。
- 大腸癌を合併する場合,散発性大腸癌の術後と同様のサーベイランスを行う。
- 回腸直腸吻合術(IRA)後には,残存直腸の癌発生に対する長期間のサーベイランスが必要である。(CQ9)
- 回腸囊肛門管吻合術(stapled IPAA)後には通常直腸粘膜が2~3 cm残存するが,回腸囊肛門吻合(hand-sewn IPAA)後でもわずかに直腸粘膜が残存する可能性がある。したがって,stapled IPAA,hand-sewn IPAAのいずれにおいても,残存直腸に対する長期間のサーベイランスが必要である。
- IPAA後の回腸囊内の腺腫発生頻度は6.7~7.5%と報告されている。また,癌が発生することも報告されているため,長期間のサーベイランスが必要である。
- FAPに対するIPAA後の回腸囊炎はおよそ5%の患者に発生するが,潰瘍性大腸炎の術後よりも頻度は低い。臨床症状として,発熱,下痢,貧血が認められ,このような症状が出現したら,すみやかに大腸内視鏡検査を行う。
- 進行大腸癌合併例で治癒切除が行われた場合には,散発性大腸癌と同様に再発に対するサーベイランスを行う。
2)大腸外随伴病変に対するサーベイランス
- 大腸切除後2~3年以内に発生しやすいデスモイド腫瘍や,十二指腸癌などの悪性腫瘍の発生を念頭においたサーベイランスが必要である。
- 治療が必要な大腸外随伴病変は大腸切除後に発生することが多い。大腸切除後の残存直腸と大腸外随伴病変に対するサーベイランスについて,表4のような方法が提唱されている。
〔消化管〕
- 胃底腺ポリポーシスは,通常は過形成性ポリープであり,手術の適応はない。幽門前庭部を中心に腺腫が発生する。わが国では一般集団より,FAPの方が胃癌のリスクは高い。胃のサーベイランスは十二指腸とともに行う。(CQ10)
- 十二指腸(乳頭部を含む)における癌発生頻度は高く,定期的な内視鏡による観察と腺腫に対する治療が必要である。(CQ11,CQ12)
- 空・回腸に対する推奨されるサーベイランス法は確立されていない。空・回腸癌の発生はまれである。(CQ13)
〔デスモイド腫瘍〕
- デスモイド腫瘍は大腸切除後2~3年以内に,腹壁や腸間膜,後腹膜に発生することが多い。触診,画像診断,あるいは臨床症状(腹痛,腹満,腫瘤,消化管通過障害など)に注意する。(CQ14)
〔その他〕
- 悪性腫瘍としては甲状腺癌(特に女性)に注意する。年1回の触診と超音波検査を行う。(CQ15)
5 家族(血縁者)への対応
- 患者本人のほかに,家族(血縁者)にも遺伝カウンセリングを行うことが望ましい。(CQ16)
- 第1度近親者(親,子,同胞)には疾患について十分な説明を行い,同意を得た上で大腸を中心とする消化管サーベイランスを行う。
- FAPを含めた遺伝性腫瘍では,家族歴の聴取が必須事項であり,家系図を用いて正確に記載・記録しておくことが望ましい(図12)。
- 家族(血縁者)に大腸腺腫(特に複数)がある場合はFAPの診断チャート(図2)に従う。
- 大腸内視鏡検査で腺腫がなければ,およそ3年毎に大腸検査を行う。
- 35歳過ぎまで複数回の大腸検査で腺腫がなければFAPはほぼ否定できる。
- 遺伝学的検査を行う場合には,検査前後に医師および,あるいは専門家による遺伝カウンセリングが必要である。(CQ15)
- 家系の中でAPC遺伝子の生殖細胞系列変異が判明していれば,血液による遺伝学的検査で診断が確定する。
Ⅱ.リンチ症候群(Lynch syndrome)
1 概要
- リンチ症候群(Lynch syndrome)は,主にミスマッチ修復遺伝子の生殖細胞系列変異を原因とする常染色体優性遺伝性疾患である(サイドメモ7:ミスマッチ修復機構,付録:Ⅱ.ゲノムバリアントの記載法)。
- 患者・家系内に大腸癌,子宮内膜癌をはじめ,さまざまな悪性腫瘍が発生する。
〔臨床像〕
- 一般の大腸癌に比べ若年発症,多発性(同時性,異時性)で,右側結腸に好発し,散発性大腸癌より低分化腺癌の頻度が高い。腫瘍内リンパ球浸潤,髄様増殖,粘液癌・印環細胞癌様分化,クローン様リンパ球反応などの組織学的特徴がある。(CQ17,CQ18)
- 大腸癌以外に,子宮内膜癌をはじめ,卵巣癌(CQ19),胃癌,小腸癌,胆道癌,膵癌,腎盂・尿管癌,脳腫瘍,皮膚腫瘍など多彩な悪性腫瘍(関連腫瘍)が発生する(CQ17)。近年,乳癌,膀胱癌,前立腺癌についてもリンチ症候群関連腫瘍の可能性が報告されている。
- リンチ症候群における関連腫瘍の発生リスクは,原因遺伝子の種類や変異のタイプ,環境因子などにより異なる。また遺伝子変異保持者(mutant carrier,以下「変異保持者」とする)に関連腫瘍が必ず発生するとは限らない(表6)。
〔主な原因遺伝子〕
- 第3番染色体上のMLH1遺伝子
第2番染色体上のMSH2,MSH6各遺伝子
第7番染色体上のPMS2遺伝子
のいずれかの生殖細胞系列変異
〔遺伝形式〕
〔がん化のメカニズム〕(
図18)
- リンチ症候群では,ミスマッチ修復遺伝子の片方のアレルに生殖細胞系列の病的変異を有しており,後天的にもう片方の野生型アレルに変異(あるいはプロモーター領域のメチル化)が加わるとミスマッチ修復機構が損なわれる。その結果,ゲノムの単純な反復配列であるマイクロサテライト領域に反復回数の異常(不安定性)が好発するようになる。腫瘍抑制(TGFBR2など),細胞増殖,DNA修復(MSH3,MSH6など)やアポトーシス(BAXなど)などに関わる遺伝子産物(タンパク)をコードする領域には反復配列が含まれており,これらの領域に変異が起こりやすい。
- リンチ症候群における大腸癌においても,散発性の大腸癌と同様に腺腫からがん化する経路の存在が示唆されている(図18)。詳細は不明な点も多い。
〔頻度〕
- 全大腸癌の2~4%を占めると推定されている。
- わが国の全人口における頻度は不明である。
サイドメモ7
■リンチ症候群の名称の変遷
1966年にHenry T. Lynchらが大腸癌や子宮内膜癌が多発する複数の家系を報告した。1984年にBolandらにより癌発生が大腸癌に限られるリンチ症候群Ⅰと,大腸以外の臓器にも癌のみられるリンチ症候群Ⅱに分類され,これを区別しない場合はリンチ症候群あるいはHNPCCと呼ばれるようになった。1990年,アムステルダムで行われた国際研究グループICG-HNPCC(International Collaborative Group on HNPCC)のワークショップでHNPCCに名称が統一され,統一した基準でHNPCC家系を集積するためのアムステルダム基準(アムステルダム基準Ⅰ)が提唱された。1993年以降,本疾患の原因遺伝子が相次いで報告された。その結果,原因遺伝子の変異を認めてもアムステルダム基準Ⅰを満たさない家系や,アムステルダム基準Ⅰを満たしても原因遺伝子が同定されない家系が数多く認められることが判明した。そこで1998年に子宮内膜癌などの大腸癌以外の悪性腫瘍の発生を考慮した改訂アムステルダム基準(アムステルダム基準Ⅱ)(表7)がHNPCCの共同研究目的に提唱された。その後,HNPCCの名称について繰り返し検討された結果,大腸以外の臓器にさまざまな悪性腫瘍が発生する本疾患の特徴を踏まえ,HNPCCの名称ではふさわしくないと考えられるようになった。現在は報告者のLynch博士の名にちなんでリンチ症候群の名称を用いることが多くなっている。
■ミスマッチ修復機構
細胞はDNA複製の際に生じた誤った塩基対合(ミスマッチ)を発見し,修復する働きをもつ。ミスマッチ修復機構が損なわれるとミスペアや単純繰り返し配列の挿入・欠失の頻度が10~1,000倍高くなり,マイクロサテライト領域の不安定性を生じる(サイドメモ9:MSI検査の方法と結果の評価)。
■リンチ症候群の原因遺伝子に関する最近の研究
(1)Germline epimutaion
近年,リンチ症候群の一部で,腫瘍発生にエピミューテーション(epimutation)が関与していることが明らかにされた。エピミューテーションとは,塩基配列には変化がないが,DNAのメチル化異常など遺伝子発現に関わる分子の修飾により遺伝子発現に変化をもたらす現象である。まれではあるが,生殖細胞系列のMLH1遺伝子のプロモーター領域の異常メチル化がリンチ症候群の原因になることが報告されている。
(2)EPCAM欠失
EPCAM(TACSTD1)遺伝子は,MSH2遺伝子の上流に隣接する遺伝子で,この遺伝子の後半部分(転写を終結するのに必要な配列)の欠失がリンチ症候群の原因となる。この欠失により,EPCAMの転写はMSH2遺伝子にまで及び,これが引き金となってMSH2遺伝子のプロモーター領域に異常メチル化が起こり,MSH2タンパクの発現が消失する。EPCAM欠失例では,MSH2変異によるリンチ症候群と比べて,大腸癌のリスクはそれほど変わらないが,子宮内膜癌のリスクは低い。EPCAM欠失は,リンチ症候群の1~3%の原因となることが報告されている。
2 診断
1)診断の流れ
- リンチ症候群が疑われる臨床病理学的情報(家族歴を含む)を有する患者に対し,以下のStep 1からStep 3の手順で確定診断する(図19)。
Step 1:アムステルダム基準Ⅱ(表7,図20A,20B)あるいは改訂ベセスダガイドライン(表8)を満たすかを確認する(第1次スクリーニング)。
Step 2:腫瘍組織のマイクロサテライト不安定性(microsatellite instability:MSI)検査,あるいは原因遺伝子産物に対する免疫組織学的検査を行い,高頻度MSI(high-frequency MSI:MSI-H)または免疫染色でミスマッチ修復タンパクの消失を確認する注2(第2次スクリーニング)。(CQ20,CQ21)
Step 3:確定診断として,ミスマッチ修復遺伝子の生殖細胞系列における病的変異を同定する(保険収載されていない)。(CQ22,CQ23,CQ24)
近年,臨床病理学的所見や家族歴を考慮せずに,全て(あるいは70歳以下)の大腸癌に対しリンチ症候群のスクリーニングを行うことが提唱されている(サイドメモ8:ユニバーサル・スクリーニング)
注2 MSI–H
または免疫染色でMLH1の発現消失を示す場合,腫瘍組織のBRAF V600E変異の検索を行う。変異陽性であればリンチ症候群はほぼ否定できるため,Step 3に進まなくてよい患者を選択することができる。BRAF V600E遺伝子変異の検査は検査会社に依頼可能であるが,保険収載されていない。なお,PMS2遺伝子に変異があるリンチ症候群の大腸癌の一部ではBRAF V600E遺伝子変異を認めることが報告されており,注意が必要である。
Step 1 第1次スクリーニングに用いる基準
- リンチ症候群の家系のなかで,アムステルダム基準Ⅱを満たす家系は27~41%,改訂ベセスダガイドラインを満たす家系は68~89%と報告されており,改訂ベセスダガイドラインの方がより多くのリンチ症候群を拾い上げられる。
- 大腸癌患者の約1/4が改訂ベセスダガイドラインを満たす。すなわち,リンチ症候群ではない散発性大腸癌でも改訂ベセスダガイドラインを満たすものが少なくない。
- 大腸癌研究会のプロジェクト研究では,全大腸癌患者の1.2%がアムステルダム基準Ⅱを満たした。
Step 2 第2次スクリーニングで行う検査
MSI検査:
ミスマッチ修復機構に異常がある腫瘍細胞では,ゲノムの中に存在する1~数塩基の繰り返し配列であるマイクロサテライトが正常細胞とは異なる反復回数を示すことがある。この現象をマイクロサイト不安定性(MSI)という。リンチ症候群における腫瘍組織では高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-H)を認めることが多い。この現象を利用してリンチ症候群の拾い上げや補助診断が行われる。この検査は保険収載されている(CQ20,サイドメモ9:MSI検査の方法と結果の評価)。
- 臨床情報からリンチ症候群が疑われ,腫瘍(検出感度は落ちるが大腸腺腫でも可)のMSI検査の結果がMSI-Hであれば,リンチ症候群が強く疑われる。
- MSI検査は,一般に5種類のマーカー(べセスダマーカー)を用い,正常組織と腫瘍組織におけるマイクロサテライトの長さを比較して判定する(図21)。腫瘍組織でマイクロサテライトの長さが変化している場合をMSIと判定し,2つ以上のマーカーがMSIを示す場合をMSI-H(high-frequency MSI),1つのマーカーがMSIを示す場合をMSI-L(low-frequency MSI),いずれのマーカーもMSIを示さない場合をMSS(microsatellite stable)とする。
免疫組織化学的染色(免疫染色):
リンチ症候群関連腫瘍の大半で,ミスマッチ修復遺伝子であるMLH1,MSH2,MSH6,PMS2のいずれかの遺伝子の両アレルに不活化が起きており,その大部分の症例で対応するタンパクの発現が消失する。MSI-Hはミスマッチ修復機能の異常を原因とするため,MSI検査とミスマッチ修復タンパクに対する免疫染色の結果は高い一致率を示す。MSI検査と免疫染色の一致率は90%,リンチ症候群のスクリーニングにおける免疫染色の偽陰性率は5~10%と報告されている。MSI検査に対する免疫染色の大きな利点は,原因遺伝子を推定できることである。また,MSI検査に比較して簡便であり,わが国でも行う施設が増えつつある。(CQ20,CQ21)
Step 3 確定診断のための検査
ミスマッチ修復遺伝子の遺伝学的検査:
患者の血液を用いて,ミスマッチ修復遺伝子の生殖細胞系列における変異の有無を直接検査する。病的変異が同定されれば,リンチ症候群の確定診断とする。わが国では保険収載されておらず,全額自己負担もしくは研究として実施しているのが現状である(遺伝学的検査は検査会社に依頼可能)。本検査の前後には必ず遺伝カウンセリングを行う。(CQ22,CQ23,CQ24)
- スクリーニングの過程でミスマッチ修復遺伝子の遺伝学的検査に至らなかった場合や,遺伝学的検査を実施したが原因遺伝子の病的変異が検出されなかった場合でも,リンチ症候群の可能性が残る。
- 臨床的にリンチ症候群の特徴が強く出ている家系に対しては,MSI検査や免疫染色によるスクリーニングを経ずに,直接ミスマッチ修復遺伝子の遺伝学的検査を行うこともある。
- ミスマッチ修復遺伝子の遺伝学的検査は,家系のなかでもリンチ症候群の臨床的特徴(大腸癌や子宮内膜癌などの多重がん,若年発症など)を持った個人に実施することが望ましい。
サイドメモ8
■ムア・トレ症候群 / Muir-Torre syndrome
大腸癌をはじめとする種々のリンチ症候群関連腫瘍に皮脂腺腫瘍(皮脂腺腫,皮脂腺上皮腫,皮脂腺癌)や角化棘細胞腫などを合併する疾患。主にMSH2遺伝子の生殖細胞系列変異が認められる。
■ターコット症候群/ Turcot syndrome(type 1)
リンチ症候群の関連腫瘍として大腸癌と脳腫瘍,おもに神経膠芽腫を合併する疾患。MLH1,PMS2遺伝子の生殖細胞系列変異やプロモーター領域のメチル化が認められる。脳腫瘍はリンチ症候群の主要な死因と報告されており,注意が必要である(サイドメモ4:ターコット症候群type 2)。
■ユニバーサル・スクリーニング/ Universal screening
近年,欧米では全て(あるいは70歳以下)の大腸癌や子宮内膜癌に対し,MSI検査やミスマッチ修復タンパクに対する免疫染色を行うユニバーサル・スクリーニングがリンチ症候群の診断に関し,感度と費用対効果の高い方法として推奨されている。ユニバーサル・スクリーニングから得られたリンチ症候群の頻度は2.4~3.7%と報告されている。
2)鑑別を要する疾患
散発性MSI-H大腸癌:
MSI-Hを示す散発性大腸癌は,高齢女性,低分化腺癌,右側結腸に多い,などの特徴を認める。MSI-Hを示す主な原因はMLH1遺伝子のプロモーター領域の後天的な異常メチル化である。このような腫瘍では免疫染色でMLH1タンパクの発現消失を認める。またMSI-Hを示す大腸癌の35~43%に腫瘍組織のBRAF V600E遺伝子変異を認めるが,リンチ症候群の大部分の大腸癌はMSI-Hを示しても,BRAF V600E遺伝子はほとんど検出されない。したがって,BRAF V600E遺伝子変異の有無が両者の鑑別に利用されることがある。
ポリメラーゼ校正関連ポリポーシス(polymerase proofreading-associated polyposis:PPAP):
PPAPは,FAP(AFAP)とリンチ症候群に類似した病態を示すことがあり,鑑別を要する(Ⅰ.家族性大腸腺腫症 ②診断 4)鑑別を要する疾患・病態 ポリメラーゼ校正関連ポリポーシス)。
家族性大腸癌タイプX:
アムステルダム基準Ⅰ注3を満たすが,ミスマッチ修復遺伝子の生殖細胞系列変異が認められない,あるいは大腸癌がMSI-Hでない場合,リンチ症候群ではない可能性が高く,家族性大腸癌タイプXの名称が提唱されている。複数の疾患群からなると推測されている。大腸癌以外のリンチ症候群関連腫瘍のリスクは有意に低いことが,欧米や日本から報告されている。
注3 アムステルダム基準Ⅰ
アムステルダム基準Ⅱは大腸癌,子宮内膜癌,腎盂・尿管癌,小腸癌を関連腫瘍とするが,アムステルダム基準Ⅰでは大腸癌のみを関連腫瘍とする。
3 治療
1)大腸癌の治療
- リンチ症候群の大腸癌に対する大腸の切除範囲(術式)として,以下の選択肢がある。
(1)散発性大腸癌と同等の切除範囲
(2)結腸全摘術
(3)大腸全摘術
- 予防的大腸切除の有用性についてコンセンサスはなく,一般的には推奨されない。
- リンチ症候群の大腸癌は,同時性・異時性を問わず,多発する傾向があるので,手術の前には全大腸を検査する。
- 欧米ではリンチ症候群の大腸癌に対し,結腸癌に対する結腸全摘術,直腸癌に対する大腸全摘術などの拡大手術を推奨する報告があるが,その有用性に関する前向き試験は行われておらず,コンセンサスは得られていない。(CQ25)
- リンチ症候群の変異保持者に対する予防的大腸切除術の有効性は検討されておらず,一般的に推奨されない。(CQ25)
- リンチ症候群の大腸癌の大部分がMSI-Hの特徴を示す。MSI-Hの大腸癌は一般的に5-fluorouracil(FU)系抗がん薬の効果が認められないことが報告されているが,リンチ症候群の大腸癌に限定した化学療法の有用性については明らかになっていない。(CQ26)
2)大腸癌以外の関連腫瘍への対応
(1)消化器腫瘍(胃癌,小腸癌,胆道癌,膵癌など)
(2)婦人科腫瘍(子宮内膜癌,卵巣癌など)(CQ19)
(3)泌尿器腫瘍(腎盂・尿管癌など)
(4)その他(脳腫瘍,皮膚腫瘍など)
- (1)~(4)のうち,婦人科癌を除けば,リンチ症候群に対する治療上の特別な配慮については明らかなエビデンスはなく,通常の散発性癌(腫瘍)と同様の治療が行われているのが現状である。
- 大腸癌を合併したリンチ症候群に対しては,大腸手術の術前に関連腫瘍(特に婦人科癌,泌尿器癌,大腸癌以外の消化器癌)のスクリーニングを行っておくことが望ましい。
4 術後のサーベイランス
1)大腸多発癌のサーベイランスと腺腫の摘除
- リンチ症候群の大腸癌の術後には,異時性多発癌の発生に留意し,生涯にわたって定期的な大腸内視鏡検査が必要である。(CQ29)
- 切除した大腸癌の再発に関するサーベイランスは,散発性大腸癌に準ずる(「大腸癌治療ガイドライン」参照)。
- 大腸腺腫は大腸癌の原因になるので,発見した場合は摘除する。
2)大腸癌以外の関連腫瘍のサーベイランス
- リンチ症候群の主な関連腫瘍に対するサーベイランスについては表9のような方法が,欧州の専門家グループにより提唱されている。
- 東アジアのように胃癌の多い地域や,胃癌の家族歴を有するリンチ症候群の患者と血縁者には,上部消化管内視鏡検査によるサーベイランスを1~2年毎に行うことが提唱されている。
- 子宮内膜癌と卵巣癌の定期的なサーベイランス法やその施行間隔についてはコンセンサスが得られていない。(CQ19)
- 泌尿器系の関連腫瘍としては腎盂・尿管癌が挙げられる。MSH2遺伝子の生殖細胞系列に変異を有する患者に多いとされているが,定期的な検尿,尿細胞診を含め,予後の改善に有用性が証明されたサーベイランス法はない。
5 リンチ症候群であることが確定していない大腸癌患者に対するサーベイランス
- リンチ症候群が疑われても,遺伝学的検査による確定診断がなされていない患者には,臨床情報や保険収載されているMSI検査の結果からリンチ症候群の可能性を個別に評価し,関連腫瘍のサーベイランスを行う(図22)。
- 「アムステルダム基準Ⅱを満たす」,または「リンチ症候群を強く疑う既往歴・家族歴がある」場合で,MSI検査の結果がMSI-Hであれば,遺伝学的検査が未施行でもリンチ症候群としてサーベイランスを行う。
- 「アムステルダム基準Ⅱを満たす」,または「リンチ症候群を強く疑う既往歴・家族歴がある」場合で,MSI検査がMSSまたはMSI-L(ミスマッチ修復遺伝子異常を強く疑わせる所見がない)の場合でも,リンチ症候群が否定されたわけではない(サイドメモ9:MSI検査の方法と結果の評価)。このような場合,その後も既往歴,家族歴に注意を払いながら経過観察を行い,大腸癌に対しては少なくとも3~5年毎に大腸内視鏡検査を行う。
- 「改訂ベセスダガイドラインを満たす」が,「アムステルダム基準Ⅱを満たさない」または「リンチ症候群を強く疑う既往歴・家族歴がない」場合でも,MSI検査の結果がMSI-Hであれば,リンチ症候群の可能性がある(多くは散発性大腸癌と考えられる)。既往歴,家族歴に注意を払いながら経過観察を行う。
- 家族歴,既往歴からリンチ症候群の可能性が低いと考えられるMSSまたはMSI-L大腸癌症例では,特別なサーベイランスは行わず,大腸癌またはその他の関連腫瘍を疑う症状が出現,もしくは血縁者に新たな関連腫瘍が発症した場合は,受診を勧める。
6 遺伝カウンセリングと家族(血縁者)への対応
- 患者本人の他に,家族(血縁者)にも遺伝カウンセリングを行うことが望ましい。
- 第1度近親者(親,子,兄弟姉妹)には疾患について十分な説明を行い,同意を得た上でリスク評価に応じた関連腫瘍のサーベイランスを行う。
- 遺伝学的検査の実施に際し,日本医学会の「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」,日本家族性腫瘍学会などのガイドライン,「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」などを遵守する。また,被検者のプライバシーに配慮し,記録の保管は慎重に対処する。
- 遺伝カウンセリングでは,当該疾患に関する情報提供とともに,選択肢の一つとしての遺伝学的検査の意義,方法,限界,費用などについて説明し,患者および家族が自立的選択を行えるように支援する。遺伝学的検査を希望する場合には,インフォームド・コンセントを得た上で行う。遺伝学的検査を受ける前後だけではなく,必要に応じて遺伝カウンセリングを継続する。
- リンチ症候群の関連腫瘍の発症は一般に成年期以降であるので,遺伝学的検査の時期も原則的に成年期以降になる。
- 遺伝学的検査の結果開示時には,家族の同席について希望の有無を確認する。同席を希望しない場合,個別に時間と場所を確保する。
1)リンチ症候群であることが確定している患者の家族(血縁者)への対応
- 変異保持者であることが確定している,あるいは遺伝学的検査を行っていない血縁者にはリンチ症候群としての関連腫瘍のサーベイランスを行う(図23)。
- 遺伝子変異がないことが確認された血縁者については,一般のがん検診を行う(図23)。
- リンチ症候群の関連腫瘍のサーベイランス開始年齢に達している血縁者に対しては,サーベイランスの必要性,遺伝子診断の意義についての情報を提供する。遺伝学的検査を受けるかどうかは遺伝カウンセリングを通じて本人の意思で決定する。
2)リンチ症候群が疑われるが,確定診断されていない患者の家族(血縁者)への対応
- 遺伝子診断を実施していない,あるいは実施したがリンチ症候群と確定診断することができなかった患者の血縁者には,家系における関連腫瘍の発生年齢や頻度などを参考に個別のリスク評価を行い,関連腫瘍のサーベイランスを行う。
- リンチ症候群が疑われる患者の血縁者の場合,表9のサーベイランスまたは,その家系で最も若い大腸癌診断年齢より5~15歳若い年齢から,大腸内視鏡検査を行う。