この度「大腸癌治療ガイドライン医師用2022年版」を刊行しました。2019年版では大腸癌の治療にかかわるすべての領域(内視鏡治療領域,外科治療領域,薬物療法領域)の改訂が行われましたが,今回はJCOGで行われた二つの第三相試験の結果を反映したこと,免役チェックポイント阻害薬,BRAF阻害薬を薬物療法に組み入れたこととCQを刷新したこと,資料を刷新したことが主な変更点です。
大腸癌肝転移の治癒的切除後の補助化学療法としてmFOLFOX6の有用性を検証したJCOG0603は症例集積に約12年を要しましたが,欧米での大腸癌肝転移の術後補助療法ないしは周術期化学療法の臨床試験がことごとく症例集積不足で中止になるなか,結論が得られたことは誇らしいことと思います。すでに2019年版に掲載された肝切除後の補助化学療法としてUFT/LV療法の有用性を検証した試験とともに世界に誇れる臨床試験だと思います。一方,対象となる症例は少ないのですが,それまでの薬物治療が効きにくかったMSI‒H大腸癌やBRAF遺伝子異常大腸癌に対して有効な薬剤が登場したことは患者さんにとっても医療者にとっても朗報です。
さらに,資料の一部が刷新されました。大腸癌研究会の全国登録のデータを用いて2000年~2007年に手術が行われた大腸癌の部位別・壁深達度別リンパ節転移頻度,Stage別治癒切除率,部位別5年生存率,同時性遠隔転移頻度,が大腸癌取扱い規約第9版に準拠して記載されています。2019年版では大腸癌取扱い規約第8版に沿って記載されていましたが,規約第9版では第8版と比べ,リンパ節転移,遠隔転移,進行度の分類に大きな変更があったことから,全国登録委員会に依頼して第9版に準拠したデータとして作成してもらいました。これを用いて,患者さんへの説明や英文論文作成の際の資料として役立てることができると思います。
先日Brit Med Jに,米国心臓学会(ACC),米国心臓協会(AHA),米国臨床腫瘍学会(ASCO)のガイドラインを分析し,「エビデンスの質と推奨の不一致がコンセンサスベースのガイドラインに多かった。エビデンスに基づく医療はエビデンスと推奨度が一致することを原則とする。信頼できるガイドライン作成のためには,エビデンスの質と推奨の度合いを適切に一致させることが重要」との論文が載りました(Yao L. et al. BMJ 2021;375:e066045)。私はこの意見には賛同できません。エビデンスはあくまでも治療法を選択する際の判断材料の一つであり(大きな要素ではありますが),ガイドライン作成の際はエビデンスを中心にすえながら,医療環境,治療法の難易,利益と不利益のバランス,患者さんの状態,などを考慮しながら専門医たちが合意のうえ推奨度を決めることだと思います。臨床現場では,その推奨度とエビデンスを参考にしながら,患者さんの健康状態・考え・環境,医療費,交通の便などを考慮して,患者さんとその家族とともに治療法を決めるのが基本だと思います。
2021年12月15日
大腸癌研究会会長
杉原 健一