このたび、大腸癌治療ガイドライン医師用2022年版の「切除不能進行・再発大腸癌に対する薬物療法」に追記すべき臨床試験の結果が報告されましたので、下記の情報提供を行います。
なお、「切除不能進行・再発大腸癌に対する薬物療法のアルゴリズム」中における位置づけ等の詳細については、次回のガイドライン改訂の際にガイドライン内で解説する予定です。
論文名 | Circulating tumor DNA-guided treatment with pertuzumab plus trastuzumab for HER2-amplified metastatic colorectal cancer: a phase 2 trial |
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掲載雑誌名 | Nat Med 2021; 27: 1899-1903 |
著者名 | Nakamura Y, et al. |
試験のスポンサー名 | 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) |
TRIUMPH試験1 は国内で実施された多施設共同第Ⅱ相試験であり、フッ化ピリミジン、イリノテカン、オキサリプラチンおよび抗EGFR抗体薬に不応または不耐となったRAS遺伝子野生型かつHER2陽性の切除不能進行・再発大腸癌患者が組み入れられ、ペルツズマブ(初回840 mg、2回目以降420 mg)+トラスツズマブ(初回8 mg/kg、2回目以降6 mg/kg)を3週毎に投与された。HER2陽性は以下の2つの方法で中央判定された。
主要評価項目は客観的奏効割合(ORR)、副次評価項目は無増悪生存期間(PFS)、奏効期間、病勢制御割合、全生存期間(OS)、安全性とされた。また、本試験ではリファレンスとしてレジストリデータ*が用意された。
2018年1月から2019年7月までの間に30例の患者が登録された。主要評価項目とされたORRは、IHCまたはFISHでHER2陽性が確認された27例で30%(95%信頼区間:14-50)、ctDNAでHER2陽性が確認された25例で28%(95%信頼区間:12-49)であり、帰無仮説(ORRが5%を下回る)は棄却された。①IHCまたはFISHでHER2陽性、②ctDNAでHER2陽性と判定された患者集団におけるPFS中央値はそれぞれ①4.0カ月、②3.1カ月、OS中央値はそれぞれ①10.1カ月、②8.8カ月であった。一方、レジストリには14例が登録され、うち評価可能であった13例における主治医が選択した既存の薬物療法に対する奏効は認められなかった(ORR 0%)。安全性解析では、グレード3以上の治療関連有害事象は3例(10%)に認められ、内容は注入に伴う反応、GGT増加、駆出率減少が各1例であった。グレードに関わらず10%以上に認められた治療関連有害事象は注入に伴う反応47%、下痢37%、口内炎13%、倦怠感10%であった。
ctDNAで同定されたHER2陽性大腸癌は、IHCまたはFISHで同定された患者と同様にペルツズマブ+トラスツズマブ療法が有効であった。
上記の臨床試験結果に基づき、本邦において2022年3月に、ペルツズマブ(商品名:パージェタ)およびトラスツズマブ(商品名:ハーセプチン)の効能・効果に「がん化学療法後に増悪した HER2 陽性の治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」が追加された。また、現時点でペルツズマブおよびトラスツズマブのコンパニオン診断薬等として、「ベンタナ ultraView パスウェーHER2 (4B5)」(IHC)および「パスビジョンHER-2 DNA プローブキット」(FISH) が使用可能である。なお、IHCによる大腸癌のHER2判定基準は、乳癌、胃癌とは異なるので留意が必要である(詳細は添付文書を参照のこと)。
HER2陽性大腸癌は、切除不能進行・再発大腸癌の約2~3%と比較的希少な疾患で、抗EGFR抗体薬療法の効果が乏しいことが報告されている2-4。TRIUMPH試験1は国内で実施された多施設共同第Ⅱ相試験であり、HER2陽性切除不能進行・再発大腸癌に対するペルツズマブ+トラスツズマブ療法の有効性を示した。海外で行われた多施設共同第Ⅱ相バスケット試験であるMyPathway試験5のHER2陽性切除不能進行・再発大腸癌コホートにおいてもペルツズマブ+トラスツズマブ療法が行われ、評価可能な57人におけるORRは32%、PFS中央値は2.9カ月、OS中央値は11.5カ月、主な有害事象は下痢(33%)、倦怠感(32%)、悪心(30%)と報告されている。以上より、ペルツズマブ+トラスツズマブ療法は、化学療法歴のあるHER2陽性切除不能進行・再発大腸癌の新たな有力な治療選択肢である。
なお、TRIUMPH試験では、年齢が20歳以上、PS 0~1、フッ化ピリミジン、イリノテカン、オキサリプラチンおよび抗EGFR抗体薬に不応または不耐となったRAS遺伝子野生型かつHER2陽性の患者が対象となっており、それ以外の患者に対する有効性、安全性は確認されていない。しかし、前述した通りHER2陽性大腸癌では抗EGFR抗体薬の効果が乏しいことが報告されていること4、またMyPathway試験5において抗EGFR抗体薬の治療歴の有無でペルツズマブ+トラスツズマブ療法のORRに明確な差異はなかったことから、抗EGFR抗体薬の治療歴がない患者に対してもペルツズマブ+トラスツズマブ療法は推奨される。ペルツズマブ+トラスツズマブ療法のORRが28~30%と既存の二次治療以降のORRを大きく上回っていることから、フッ化ピリミジン、イリノテカン、オキサリプラチンに不応または不耐となった患者に対する新たな有力な治療選択肢である。そのため、HER2検査は治療開始前の適切なタイミングに実施することが推奨される。既に大腸癌治療ガイドライン2022年版では、一次治療開始前のRAS/BRAF遺伝子検査およびMSI検査が推奨されているが、複数回の薄切が腫瘍検体の損失につながることを考慮すると、HER2の評価も、一次治療開始前にこれらの検査と合わせて行うことも妥当と考える。また、HER2陽性の診断には上述のコンパニオン診断薬等による検査が必要であるが、包括的がんゲノムプロファイリング検査にてHER2増幅が認められた場合も、エキスパート・パネルがHER2陽性と判断しペルツズマブ+トラスツズマブ療法を提案することは妥当と考える。