このたび、大腸癌治療ガイドライン医師用2019年版の「切除不能進行再発大腸癌に対する薬物療法」に追記すべき臨床試験の結果が報告されましたので、下記の情報提供を行います。
なお、「切除不能進行再発大腸癌に対する薬物療法のアルゴリズム」中における位置づけ等の詳細については、次回のガイドライン改訂の際にガイドライン内で解説する予定です。
論文名 | Encorafenib, Binimetinib, and Cetuximab in BRAF V600E-Mutated Colorectal Cancer. |
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掲載雑誌名 | N Engl J Med. 2019; 381(17): 1632-1643 |
著者名 | Kopetz S, et al. |
試験のスポンサー名 | Array BioPharma社/Merck社/小野薬品工業株式会社/Pierre Fabre社 |
BEACON CRC試験は国際多施設共同ランダム化オープンラベル第Ⅲ相臨床試験であり、1もしくは2レジメンの治療後に増悪したBRAF V600E変異陽性大腸癌患者が組み入れられ、エンコラフェニブ(300 mg/回、1日1回)+ビニメチニブ(45 mg/回、1日2回)+セツキシマブ併用群(3剤併用群)、エンコラフェニブ+セツキシマブ併用群(2剤併用群)、イリノテカン+セツキシマブもしくはFOLFIRI+セツキシマブ併用群(対照群)に1:1:1に割り付けられた。主要評価項目は対照群と比較した場合の3剤併用群の客観的奏効割合(ORR)および全生存期間(OS)であった。副次評価項目は対照群と比較した場合の2剤併用群のOSであった。本試験結果は事前に設定された中間解析の結果で公開された。
2017年5月から2019年1月に665人の患者がランダム化された。2019年2月11日をデータカットオフ日とした中間解析(観察期間中央値7.8カ月)において、3剤併用群のOSは対照群と比較して有意に良好であった(OS中央値 9.0カ月 vs. 5.4カ月、ハザード比(HR) 0.52、95%信頼区間(CI) 0.39-0.70、P<0.001)。また2剤併用群も対照群と比較して有意に良好であった(OS中央値 8.4カ月 vs. 5.4カ月、HR 0.60、95%CI 0.45-0.79、P<0.001)。また、ORRは3剤併用群、2剤併用群、対照群でそれぞれ26%、20%、2%であった。安全性解析では、グレード3以上の有害事象の発生頻度はそれぞれ、58%、50%、61%であり、有害事象による治療中止割合は7%、8%、11%であった。
BRAF V600E変異陽性の大腸癌に対するエンコラフェニブ+ビニメチニブ+セツキシマブ併用療法(およびエンコラフェニブ+セツキシマブ療法)は、対照群と比較して有意にOSとORRを改善した。
上記の臨床試験結果に基づき、本邦において2020年11月に、「がん化学療法後に増悪したBRAF遺伝子変異を有する治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」を効能・効果として、エンコラフェニブ(商品名:ビラフトビ)およびビニメチニブ(商品名:メクトビ)が薬事承認された。また、現時点でエンコラフェニブおよびビニメチニブのコンパニオン診断として「RASKET-Bキット」、「therascreen BRAF V600E RGQ PCR kit」が使用可能である。
BRAF V600E変異陽性大腸癌は、進行再発大腸癌の約5%と比較的希少な疾患で、極めて予後不良であり、現在の治療薬では十分な効果が得られないアンメットメディカルニーズである。急速に増悪をきたす患者も多く、二次治療以降への移行割合が低いこと、二次治療以降で特に奏効を期待できる治療がないことが課題である。BEACON CRC試験1 は、国際共同第Ⅲ相試験であり、エンコラフェニブ+ビニメチニブ+セツキシマブ療法(3剤併用療法)およびエンコラフェニブ+セツキシマブ療法(2剤併用療法)の対照治療(イリノテカン+セツキシマブもしくはFOLFIRI+セツキシマブ)に対する優越性が検証された。また、本邦で行われた安全性導入パートでは、7名に3剤併用療法が実施され、ORR 42.9%と報告されている2 。以上より、エンコラフェニブ+ビニメチニブ+セツキシマブ療法(3剤併用療法)およびエンコラフェニブ+セツキシマブ療法(2剤併用療法)は、化学療法歴のあるBRAF V600E変異陽性大腸癌の新たな標準治療として推奨される。また、前述のBRAF V600E変異陽性大腸癌の特性を考慮すれば、二次又は三次治療以降の治療として有効性が期待できる本治療を、後方治療に取っておくのではなく、二次治療として実施することが適切であると考えられる。
なお、BEACON CRC試験の探索的解析において、3剤併用療法は2剤併用療法と比較して、死亡リスクの低下効果に差を認めなかった3 。その結果、米国食品医薬品局(FDA)および欧州医薬品庁(EMA)では、2剤併用療法のみが薬事承認を得ている。本邦においても、まずは2剤併用療法の適否を検討すべきである。しかしながら、3剤併用療法の方がORRおよび奏効の深さ(標的病変の腫瘍径和の縮小率)が2剤併用療法よりも良好な傾向を示していた。また、2剤 vs. 3剤のサブグループ解析では、ECOG Performance Statusが1、転移臓器3個以上、血清CRP高値(>1 mg/dL)、原発巣切除歴なし、のグループでは2剤併用療法よりも3剤併用療法の死亡リスクが低い傾向にあった。つまり、これら比較的腫瘍量が多いと考えられる患者集団では、2剤併用療法では治療効果が不十分である可能性が示唆されることから、3剤併用療法を選択することが望ましい。
有害事象の観点では、3剤併用療法は2剤併用療法と比較して下痢・嘔吐・皮疹などの発生頻度が高いことに留意が必要である。一方、2剤併用療法は頭痛・関節痛・色素性母斑・続発性悪性腫瘍などが高い傾向があることから、一概に3剤併用療法と比較して有害事象が軽いという訳ではない。実際、BEACON CRC試験においても有害事象による治療中止割合は2剤併用群と3剤併用群とで同程度であった(各々7%、8%)。
以上より、実地診療では、3剤併用療法および2剤併用療法で有効性が期待できる集団と副作用プロファイルが異なる点、ならびに治療コスト等を総合的に考慮してレジメンを選択し、週1回のセツキシマブ投与のための来院の際に注意深く患者を観察するとともに、適正使用ガイド等を参考に適切に減量・休薬しながら治療を進めることが推奨される。