第27回
「Carcinoid」をめぐる日本とWHOの相違
岩下 明德ほか(福岡大学筑紫病院病理部)
カルチノイド腫瘍は原腸系臓器に広く分布するアミン・ペプタイド産生内分泌細胞の幼若細胞に起源する腫瘍,つまり内分泌細胞のみから構成され特異な組織像を示す上皮性腫瘍で,悪性度の低い一種の癌腫と位置づけられている。肉眼的に黄色調の粘膜下腫瘍として認識される。組織学的には比較的小型で均一な腫瘍細胞が小胞巣状,索状,リボン状,ロゼット状ないし管状に増殖し,間質は狭く毛細血管に富む特徴的な形態をとる。核分裂像はほとんどみられず,増殖能指数(Ki-67 指数)も低値である。組織化学的,免疫組織化学的,電顕的にはほとんどすべての腫瘍細胞が神経内分泌顆粒(物質)を有している。予後は比較的良好な場合が多い。
一方,内分泌細胞癌は通常丹念に検索すると腺癌成分を一部にでも有する事が多いので,腺癌を発生母地,つまり腺癌幹細胞に由来する腫瘍と考えられている。したがって肉眼的には通常の進行腺癌と同様の形態,すなわち潰瘍限局型,潰瘍浸潤型,隆起型などの形態を示すことが多い。組織学的にはカルチノイド腫瘍に比較し,大型で,核の大小不同や多形性が目立つ腫瘍細胞がシート状,大胞巣状に増殖している。核分裂像は多く,Ki-67指数も高い。組織化学的,免疫組織化学的,電顕的には,多くの腫瘍細胞が内分泌顆粒(物質)をもっている。高率に脈管侵襲や転移をきたすため予後不良である。
カルチノイド腫瘍と内分泌細胞癌は,確かに内分泌細胞腫瘍の性格を有するが,両者はその肉眼像から組織像,組織発生,悪性度,そして予後に至るまで,すべてにおいてまったく異なる腫瘍である。ゆえに本邦では従来から消化管内分泌細胞腫瘍をまったく別種の腫瘍であるカルチノイド腫瘍と内分泌細胞癌に大別している。
ところが2010年に発表されたWHO分類では,両者が一連のスペクトル上にあるがごとく,内分泌細胞腫瘍を核分裂像とKi-67 指数のみから,①神経内分泌腫瘍NET(Neuroendocrine tumor)G1(Carcinoid),②神経内分泌腫瘍NET G2,そして③神経内分泌細胞癌NEC(Neuroendocrine carcinoma)(NET G3)と分類し①のみをカルチノイドと呼んでいる。
このように2010年のWHO分類では,①カルチノイド腫瘍と内分泌細胞癌の起源(組織発生)を無視し,あたかも両者が一連のスペクトル上にあがるがごとく分類されていること,②両腫瘍の組織発生,肉眼像,組織像,悪性度,予後などを無視した核分裂程度と増殖能指数のみからの分類であること,③NET G2も日本分類ではカルチノイド腫瘍に分類されるが,WHO分類ではカルチノイド腫瘍とは呼ばないこと,④NECとMANEC(Mixed adenoneuroendocrine carcinoma)との区別が明確でないこと,⑤今回われわれが提示した症例のごとくWHO分類NET G1に相当するCarcinoid tumorでもリンパ節転移を認めることもあり,核分裂像とKi-67指数のみでのWHO分類ではカルチノイド腫瘍の悪性度や転移能を推測できないことなどの問題点が多くみられる。
以上の点を踏まえわれわれは当初から,消化管内分泌細胞腫瘍の分類に関しては2010年のWHO分類より,従来の日本の分類が正確かつ適切であると指摘つづけてきたが,今もその考えは決して変わっていない。
症例は66歳女性。Rbに約6mm大の黄白色調の粘膜下腫瘍(submucosal tumor;SMT)を認め,内視鏡的粘膜下層剥離術によって切除された。比較的小型で均一な腫瘍細胞が粘膜下層を中心に索状,リボン状,また小胞巣状を呈し増殖しており,免疫組織化学的染色では,腫瘍細胞は神経内分泌細胞のマーカーであるSynaptophysinに陽性を示した。典型的な直腸カルチノイド腫瘍(pSM 3000 μm,ly0,v0)である。核分裂像はみられず,Ki-67 指数は1%以下で,すなわちWHO分類のNET(Neuroendocrine tumor)G1(Carcinoid)に相当する。
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通常白色光による内視鏡観察にて,Rbに約6mm大で黄白色調の粘膜下腫瘍(submucosal tumor;SMT)を認める(A)。腫瘍表面にびらんや潰瘍はみられない(A)。内視鏡的粘膜下層剥離術によって切除された病変のルーペ像では,腫瘍は粘膜筋板内から粘膜下層を主体に発育している(B)。
比較的小型で均一な腫瘍細胞が索状,リボン状,また小胞巣状を呈し増殖している(C,D)。核分裂像は認めない(C)。また腫瘍の粘膜表層への露出はみられない(D)。
免疫組織化学的染色では,腫瘍細胞は神経内分泌細胞のマーカーであるSynaptophysinに陽性を示す(E)。Ki-67指数は1%以下である(F)。
症例は58歳女性。Raに症例1と比べると緊満感がある約13mm大のSMTを認めた。大きさ,深達度より転移のリスクを考慮し外科切除された。切除標本では,比較的均一で小型の腫瘍細胞が粘膜下層を中心に索状,リボン状に増殖していた。核分裂像はほとんどみられず(2/10HPF未満),Ki-67指数も1%以下で,WHO分類のNET G1に相当するが,比較的大きく,粘膜下層深層まで浸潤しており,静脈侵襲やリンパ節転移を伴っていた。最終的にリンパ節転移を伴う直腸カルチノイド腫瘍(pSM 5000 μm, ly0, v1)と診断された。
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通常白色光観察にて,Raに約13mm大で緊満感の強いSMTを認める(A)。腫瘍表面にびらんや潰瘍はみられない(A)。外科的切除された病変のルーペ像では,腫瘍は粘膜下層深層まで浸潤している(B)。
比較的均一で小型の腫瘍細胞が索状,リボン状に増殖している(C)。核分裂像はほとんどみられず(2/10HPF未満)(C),Ki-67指数も1%以下である(D)。
しかし,VB-HE染色では,明らかな静脈侵襲を伴い(E),またリンパ節転移を認めた(F)。
症例は70歳女性。下行結腸にIIa+IIc様の病変を認め,SM塊状浸潤が疑われ外科切除された。組織学的には管状腺癌成分と,低分化癌成分が混在する進行癌で,リンパ節転移も認めた。管状腺癌部は細胞外粘液変性を伴う高分化から中分化の癌であった。一方低分化癌部では,比較的大型で核の大小不同や多形性が目立つ腫瘍細胞が,シート状,もしくは胞巣状に増殖しており,免疫組織化学的に神経内分泌細胞のマーカーであるSynaptophysinに陽性を示した。また同部の核分裂像は10/10HPFと比較的高く,Ki-67指数は50%と高値であった。以上より低分化癌部は内分泌細胞癌と診断した。WHO分類ではNEC(NET G3)に相当するが,腺癌の要素が30%以上存在するためMANEC(Mixed adenoneuroendocrine carcinoma)となる。
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色素散布後の内視鏡観察にて,下行結腸に表面に不整形の陥凹を有し,SM塊状浸潤を疑うIIa+IIc様の病変を認めた(A)。組織学的には腺癌成分と内分泌細胞癌成分が混在し,細胞外粘液変性を伴い固有筋層深層まで浸潤する進行癌であった(B,C)。
腺癌成分と内分泌細胞癌成分の移行部も観察された(D)。
内分泌細胞癌成分を構成する腫瘍細胞は比較的大型で,核の大小不同や多形性が目立つ(E)。核分裂像は10/10HPFで(E),Ki-67指数も50%と高かった(F)。