第22回
大腸の粘膜下腫瘍Submucosal tumor of the large intestine
二村 聡(福岡大学医学部病理学講座 講師)ほか
成熟脂肪組織からなる良性腫瘍。おもに軟部組織に発生するが,消化管にも発生する。文献的には右半結腸に多い傾向があり,径20mm内外のものが多い。壁内好発部位は粘膜下層で,周囲間質を圧排しながら発育し,茎の短い有茎性病変や無茎性病変を形成する。クッション サインという用語から想起されるように,病巣は軟らかく,その割面は光沢のある独特な黄色調(鬱金色)を呈する。組織学的には成熟した脂肪細胞からなり,異型性はない。
a, b:最大割面切片ルーペ像(ともに上行結腸発生例)。病巣は粘膜下層で膨張性に発育し,境界鮮明な粘膜下腫瘍を形成している。aでは種々の大きさの小葉を形成し,幅の狭い線維結合織によって病巣が分画されている。aは茎(←)の短い有茎性病変を,bは無茎性病巣を形成している(MP:固有筋層)。
c:大きさの揃った成熟脂肪細胞(偏在核と単房性空胞状胞体を有する類円形細胞)によって構成され,内部に毛細血管が介在している。
分化した平滑筋細胞からなる良性腫瘍。おもに子宮や消化管に発生する。文献的にはS状結腸や直腸に多い傾向があり,径10mm未満の小さなものが多い。当該腫瘍は粘膜筋板に接するかまたは連続して発生し,周囲間質を圧排しながら発育することにより境界鮮明な結節性腫瘤を形成する。脂肪腫に比べて,弾力性に富み,硬く触知され,その割面は白色調を呈する。組織学的には紡錘形の平滑筋細胞が束をなし,交錯しながら増殖する。これらの平滑筋細胞に異型性はない。
a:最大割面切片ルーペ像(S状結腸発生例)。病巣は粘膜下層で膨張性に発育し,境界鮮明な粘膜下腫瘍を形成している。
b:病巣は粘膜固有層と接し,もはや粘膜筋板の構造を確認できない。
c:平滑筋細胞(好酸性筋原線維をもつ胞体と桿状核を有する紡錘形細胞)が束を形成し,交錯しながら増殖している。平滑筋細胞には異型性がなく,核分裂像も観察されない。
腸陰窩底部(腺底部)に分布するアミン・ペプタイド産生内分泌細胞の幼若細胞に起源する低悪性度の癌腫。大腸では成人の直腸に好発し,表面平滑なドーム状ないしは半球状の隆起性病変を形成する。その割面は髄様で独特なクリームイエローまたは中黄色を呈し,やや硬く触知される。発育速度は遅いが,大きくなると隆起頂部にびらんを伴うことがある。典型例は粘膜深層から粘膜下層にかけて増殖し,腫瘍細胞は索状に配列したり,小胞巣を形成したりする。また,部分的に腺管様構造を呈し,粘液分泌細胞への分化を示す例もある。間質は小血管とわずかな線維結合組織からなる。
a:最大割面切片ルーペ像(直腸発生例)。病巣は粘膜下層を主体に発育し,境界鮮明な粘膜下腫瘍を形成している。
b:腫瘍組織内の索状配列領域(曽我分類B型)。
c:腫瘍組織内の充実胞巣形成領域(曽我分類A型)。
d:腫瘍細胞の胞体内に茶褐色に染まる内分泌顆粒を認める(Grimelius法)。
e:腫瘍細胞の胞体内の内分泌顆粒は抗chromogranin A抗体を用いた免疫染色で標識される。
f:腫瘍細胞の胞体は抗synaptophysin抗体を用いた免疫染色で標識される。
形態的に多彩なB細胞(すなわち胚中心細胞類似細胞,単球様B細胞,少数の芽球様大型細胞)が,おもに濾胞辺縁帯から濾胞間領域にかけて増殖する腫瘍。低い細胞増殖能を反映して,腫瘍はきわめて緩慢に発育し,粘膜固有層から粘膜下層にかけて病巣を形成する。本病型に特異的な免疫組織化学的マーカーはない。
a:最大割面切片ルーペ像(直腸発生例)。病巣は粘膜固有層から粘膜下層にかけて存在し,濾胞辺縁帯(MZ)の異常な拡大を特徴とする。
b:胚中心細胞に形態的に類似した中型リンパ球(centrocyte-like cell)の増殖巣をみる。
c:淡明な胞体を有する単球様異型リンパ球(monocytoid B-cell)の増殖巣をみる。
d:形質細胞分化を反映して好酸性の核内封入体(Dutcher小体:→)を散見する。
大腸の粘膜内および粘膜下層にかけてリンパ濾胞(二次リンパ小節)が拡大し増生することにより形成される非腫瘍性ポリープ。単発例と多発例があり,後者は良性リンパ濾胞性ポリポーシスと呼ばれる。また,直腸から肛門管領域にかけて腫瘤を形成したものを口蓋扁桃になぞらえて直腸扁桃または肛門扁桃と呼んでいる。肉眼的には乳白色調の扁平ないしは半球状隆起として視認され,大きさは数mmのものから20mmを超えるものまでさまざまである。組織学的には胚中心を有するリンパ濾胞の過形成が基本像である。病理診断の際,鑑別すべき対象は濾胞性リンパ腫とMALTリンパ腫である。
a:最大割面切片ルーペ像(直腸発生例)。おもに粘膜固有層に胚中心拡大を伴うリンパ濾胞が多発している。個々の胚中心におけるリンパ球の分布極性は保たれ,濾胞性リンパ腫とは明確に区別される。
b:最大割面切片ルーペ像(肛門管発生例)。移行帯粘膜の下層にリンパ濾胞増生巣をみる。
軽度の核形不整を示す中型主体のB細胞が,単調かつびまん性または結節性に増殖する腫瘍。リンパ腫のなかでは免疫形質的にも遺伝子学的にも最も純粋な独立疾患単位として認知されている。 本病型の腸管浸潤巣はしばしば多発性ポリープを形成する(これをlymphomatous polyposisと呼ぶ)。本病型の診断確定には抗cyclin D1抗体を用いた免疫染色が必須である。
a:最大割面切片のルーペ像(結腸発生例)。粘膜下層に明瞭な結節構造をみる。
b:腫瘍細胞は中型異型リンパ球として認識され,その核の大きさはきわめて均一である。核の変形は軽度である。腫瘍細胞の核にcyclin D1の陽性シグナルをみる(挿入図)。
粘膜固有層深部から粘膜下層(以深)におよぶ好酸球浸潤と小血管増生を伴う線維芽細胞類似の紡錘形細胞(たいていCD34を発現)の増殖巣による非上皮性ポリープ。初期病変はなだらかに立ち上がる粘膜隆起を形成し,大きくなるにつれて半球状隆起となる。割面は淡い茶色(ベージュ色)を呈し,黄色調の脂肪腫とは区別できる。呈示例のように間質の緻密な膠原線維が目立つものもある。
a:最大割面切片ルーペ像(横行結腸発生例)。病巣は粘膜下層から漿膜下層にかけて膨張性に発育し,境界鮮明な粘膜下腫瘍を形成している(MP:固有筋層)。
b:同病変のMasson-trichrome染色標本のルーペ像。病巣内の膠原線維が青く染色されている。
c:小血管周囲に線維芽細胞類似の紡錘形細胞が増殖し,当該部に多数の好酸球が浸潤している。
d:cに比べて紡錘形細胞の密度は低く,膠原線維量が多い領域も観察される。
e:増殖する紡錘形細胞は抗CD34抗体を用いた免疫染色で標識される。
アニサキス亜科の幼虫がヒトの消化管壁内に穿入することにより惹起される胃腸症のうち,自覚症状を欠くもの。その本態はアニサキス属またはシュードテラノバ属の幼虫による内臓幼虫移行症である。実臨床で遭遇する病型のほとんどは,急性型アニサキス症であり,なかでも胃アニサキス症が断然多い。他方,腸アニサキス症の頻度は低いとされているが,医療機関を受診しなかった自然寛解治癒例や無症候例も相当数にのぼると推定され,本邦における腸アニサキス症の全数把握は困難である。慢性型アニサキス症は病理組織学的には寄生虫肉芽腫の形態像を示し,虫体を含む凝固壊死物を囲繞する肉芽腫と線維化巣として視認される。
最大割面切片ルーペ像(横行結腸発生例)。病巣は粘膜下層から固有筋層(MP)内にかけて存在し,境界鮮明な粘膜下腫瘍を形成している。病巣は単結節性で,中心部は好酸性,その周囲は明るく抜けており,層状構造が確認される。中心部の好酸性領域には壊死物と虫体様構造物(↑)を,辺縁の明るく抜けた領域には多数の組織球を認める。また,結節周囲間質には慢性炎症細胞浸潤を伴っており,リンパ小節も散見される。
他臓器原発の悪性腫瘍が大腸壁に転移し,浸潤性に発育したもの。その転移経路としては,①隣接臓器原発巣からの直接浸潤,②腹腔内播種性転移,③腫瘍塞栓による血行性転移がある。文献上,消化管転移性腫瘍の中では,小腸が約30%と最多で,これに結腸,直腸,虫垂(約25%)が次ぐ。また,結腸,直腸,虫垂の転移性腫瘍における原発臓器は胃が最多で,これに膵臓,肺が次ぐ。
a:最大割面切片のルーペ像(胃原発内分泌細胞癌の横行結腸浸潤例)。漿膜から粘膜下層にかけて充実胞巣状の腫瘍組織が浸潤性に増殖し,粘膜下腫瘍様病変を形成している(MP:固有筋層)。
b:クロマチンに富み,核小体の目立たない短紡錘形核を有する腫瘍細胞がシート状に増殖している。