第16回
大腸細胞診アトラス伊藤智雄(神戸大学医学部附属病院病理部 教授) ほか
大腸癌の細胞診検体に接することは,今日では比較的まれといってよい。しかし,依然として転移巣の診断などで遭遇することはあり,その細胞像をよく知っておく必要がある。
ここでは,直腸癌の症例から捺印採取された細胞診標本を題材として,その診断法の基本を述べる。症例は60歳代女性直腸癌である。
大腸癌の細胞所見は,高円柱状の核と偽重層化した長楕円形の核が基本であり,細胞診では柵状の配列として認識することができる。壊死性の背景も特徴である。
症例は70歳代男性,肺腫瘤。大腸癌の既往を有する。原発性肺癌か転移性肺癌か鑑別が必要であり,経気管支細胞診が採取された。高円柱状の核と偽重層化した長楕円形の核を有する腫瘍細胞がみられる。この所見は大腸癌に特異的ではないが,他臓器の腺癌はやや背の低い円柱状,立方上皮であることの方が一般的である。したがって転移性の方が考えやすい。ただし,大腸以外の臓器にも腸型(intestinal type)の腺癌が発生するため,最終的には臨床事項を併せた総合判断が必要である。
これまで,細胞診は純形態学的な診断手法がとられることが多かった。しかし,それのみでは原発巣の推測は困難である。組織診と同様,免疫染色を併用すれば,より正確な診断が可能となる。細胞診における染色手法は多種あるが,最も免疫染色に適したものはセルブロックである。特に腹水など多量の細胞が採取可能な場合には特に有用性が高い。実際の症例を図に示す(60歳代男性)。多量の粘液を産生する腺癌が腹水から検出された。原発巣の推測のため免疫染色を行い,CK7-,CK20+であることが判明した。この結果からは大腸原発が考えられ,また粘液を産生していることからは虫垂原発も十分に考慮する必要がある。参考としてCK7/CK20プロファイリングによる鑑別表を表に示す。他に,cdx2などが大腸癌のマーカーとして有用である。
細胞診の位置づけ
細胞診は以前,あくまでもスクリーニングとしての位置づけであったが,近年では確定診断をつけるための手法ともなっている。また,病変へのアプローチの方法が進歩するにつれ,検体はより小さくなり,細胞診の手法が以前にも増して重要になってきている。免疫染色の応用なども可能となり,今後のさらなる進歩が期待される分野でもある。
剥離細胞か新鮮細胞か
細胞診は古くは剥離細胞を用いていた。これは,腹水や自然尿などで,自然に剥離した細胞を観察する手法である。組織から剥離したのち,ある程度の時間が経って採取されるため,細胞には変性が加わる。一方,穿刺や吸引等の方法では,病変から直接細胞を採取し,観察される。このような新鮮細胞は,変性は乏しく,また,穿刺などでは間質組織が同時に採取されてくるため,組織診断により近いものとなる。このように採取方法により所見に差異が生まれるため,検鏡にあたっては採取法を正しく把握することが求められる。細胞診の依頼にあたっては,組織診よりもシンプルな記載で申し込みが行われることが多いが,決して好ましくない。採取法,臨床経過など,必要な情報を添えた上で検査に提出する必要がある。
細胞診の採取方法
細胞の固定方法
染色の有用性を知る(図)
図 細胞診の染色
細胞診の染色はパパニコロウ(Papanicolaou)染色が基本である。この染色ではヘマトキシリン(hematoxylin)によって核が,オレンジG,エオジンY,ライトグリーンSFYによって細胞質が染め分けられる。角化物がオレンジG好性に染色され,診断に有用である。その他必要に応じてさまざまな染色が行われるが,重要なものにPAS(periodic acid schiff)反応,ギムザ染色がある。PAS反応は多糖類の証明に用いられ,消化管領域では粘液の検出に重要である。あらかじめジアスターゼで消化すると,グリコーゲンは陰性化し,粘液は消化耐性であるため陽性のままである。ギムザ染色は腹水などの液状検体に特に有用であり,中皮細胞などの観察に適す。また,乾燥固定のため,細胞のロスが少ないことが特徴で,腹水などでは必須ともいえる方法である。
判定基準
わが国では伝統的にはパパニコロウ分類(表3)に従って判定が行われてきた。この方法ではClass ・~・に分類され,広く用いられている。施設によってはさらに亜分類を用いるところもある。しかし,現状では国際的にはほとんど使用されなくなっており,3段階方式(表4)が望ましい。また,より具体的な診断名,いわゆる記述診断を報告することが求められるようになってきている。