第10回
鋸歯状病変の病理組織
Histopathology of Serrated Lesions (polyps) of the Colorectum
伴 慎一(済生会川口総合病院病理診断科 主任部長)
過形成性ポリープ(hyperplastic polyp;HP)は,左側結腸・直腸に認められることが多く,通常,大きさ5mm以下の白色調広基性ポリープ病変である。最近,HP の組織所見が再検討され,microvesicular type HP(MVHP),goblet cell type HP(GCHP),mucin poor type HP(MPHP)に亜分類されることが報告された。これまでHPとされてきた病変の多くはMVHPに相当する。MPHPは,いまだ不明な点が多い。HPは基本的には,大腸の正常陰窩に類似した組織構築と細胞動態が保たれているとみなされる病変である。
- a-d:MVHP。ポリープ表面に向かって内腔が拡張したストレートな丈の高い陰窩群よりなり,陰窩底部側を除く上皮が内腔に向かって鋸歯状を呈する。(a)は陰窩のほぼ垂直断面が標本となっており,(b)は斜め方向に切れた標本である。(c)の陰窩表層側では,鋸歯状を呈する上皮細胞が小泡沫状の細胞質を呈する。核は類円形~やや紡錘状を呈するものの概して小型で,多くが上皮基底側に位置する。種々の程度に杯細胞が混在している。(d)の核分裂像は陰窩底部のみに認められる(→)。好酸性顆粒を有する内分泌細胞を陰窩底部に散在性に認める()。
- e:GCHP。MVHPと比較して,過形成性の陰窩上皮に鋸歯状変化が弱い。多数の杯細胞が認められる。
- (a・b・e:対物×10,c・d:対物×40)
sessile serrated adenoma/polyp(SSA/P)は,右側結腸に多く認められる。HPと異なり,多くが5mmを超える大きさを呈し,10mmを超えるものもみられる。典型的には,やや境界不明瞭な平坦な白色調広基性ポリープ病変として認められるが,よりpolypoidな形態を呈する場合もある。MVHPに類似した鋸歯状陰窩からなるが,種々の構造異常(crypt architectural distortion)を呈し,また,細胞の増殖・成熟異常("abnormal proliferation"や"dysmaturation"と称される所見)が認められるところが異なる。通常型の腺腫に認められるような腫瘍性異型の所見には乏しい。
- a:鋸歯状陰窩は全体としては垂直方向に並ぶ傾向にあるが,HPのようなストレートな腺管ではなく,不規則分岐や深部での内腔の拡張といった構造異常がみられる。腺管密度も高い。
- b:陰窩底部の水平化(L-or boot-shaped crypt base)(→)。
- c:陰窩底部の著明な拡張および内腔の粘液分泌亢進。拡張陰窩底部まで上皮の鋸歯状変化を認める。
- d:陰窩底部での鋸歯状所見(exaggerated serration)や成熟杯細胞の増加(inverted maturation),核が基底膜側に位置しないdystrophic goblet cellの出現(→)。
- e:陰窩中・表層での核分裂像の出現(→)。核分裂像は,陰窩片側にみられる(proliferation asymmetry)。
- f:陰窩中・表層での核の腫大や核小体の明瞭化。一部,軽度ながら腫大した核の偽重層化もみられる()。(→)は核分裂像。
- g:一部の陰窩底部が粘膜筋板直下の粘膜下層に侵入(inverted crypts)。
(a:対物×10,b・c・e:対物×20,d・f:対物×40,g:対物×4)
通常型の腺腫と類似した腫瘍性異型を呈する鋸歯状腺腫(serrated adenoma;SA)は,SSA/Pと区別して,traditional typeのSA(TSA)と呼ばれている。左側大腸に好発し,5mm~10mm大の,有茎性も含めた隆起の強いポリープ病変を呈するものが多い。TSA,HP,SSA/Pは,一つの病変内にさまざまな組合せで併存することがあり,mixed polypと称されている。通常型の腺腫の併存が認められる場合もある。
- a・b: TSA。(a)tuftyあるいはvilliformな所見を伴うことが多く,一般にSSA/Pよりも大型で複雑な腺管増殖を呈する。(b)高円柱状の腫瘍上皮は細胞質の好酸性が強い。一様にhyperchromaticな紡錘状核が明らかな偽重層を呈する。腫瘍上皮には,しばしば小型の陰窩様構造の形成が認められる(→)。
(a:対物×4,b:対物×40)
- c・d: mixed polyp。(c)TSA(*)とHP(**)の併存。(d)TSA(*)とSSA/P(**)の併存。一部に癌化巣(※)を伴う。(c)・(d)ともに,TSA部分では腫瘍上皮の細胞質の好酸性が強い。
(c:対物×2,d:対物×4)
鋸歯状病変は,その一部に腺癌の発生を認めることがある。TSAの担癌率は,通常型の腺腫と同様,およそ10%内外と考えられる。SSA/Pの担癌率は必ずしも明らかではない。一方,浸潤癌自体の腫瘍上皮が鋸歯状変化を含む特徴的な組織所見を呈する一群の腺癌が報告されており,鋸歯状腺癌(serrated adenocarcinoma)と呼ばれている。大腸癌全体の10%弱の頻度で認められるとされる。SSA/PやTSAの成分を伴う例がみられるが,すべての例がそれらの癌化に由来するかどうかに関しては,検討を要するところである。
- a-f:鋸歯状病変の癌化。(a)・(b)は,前項3-(d)のmixed polypと同一例。腺癌が,SSA/Pの鋸歯状上皮を置換するように非浸潤性の増殖を呈しており,両者の間にfront形成を認める(→)。腺癌部分も鋸歯状の所見を呈している。(c)-(f)は,SSA/Pの癌化巣が粘膜下組織浸潤を呈していた例。SSA/P(*)内に腺癌(**)を認め(c),腺癌の一部には,明らかな粘膜下組織浸潤を呈する部位が認められる(d)。(e)はSSA/P部分の拡大像,(f)は腺癌部の拡大像である。この例では,腺癌は鋸歯状所見に乏しい。
- g・h:鋸歯状腺癌。(g)は進行癌の表層部(左上に非癌上皮を認める)であり,癌腺管の鋸歯状変化が目立つ。(h)は同じ例の深部浸潤部の拡大像。鋸歯状変化とともに,好酸性の広い細胞質とクロマチンが核膜側に凝縮してvesicularにみえる核を有し,細胞質と核のコントラストが明瞭("discernible nuclei"と表現されている)であることが特徴である。
(a・g:対物×10,b・e・f・h:対物×20,c:対物×2,d:対物×4)