第3回
大腸早期癌菅井有(岩手医科大学病理学講座分子診断病理学分野 教授)
腺腫内癌の分子発癌機序としてはVogelsteinらの仮説が支持されている。すなわち正常粘膜から腺腫になる際には,APC遺伝子の変異が関与し,腺腫のサイズアップにはki-rasの変異が重要な役割を担っている。この場合,腺腫の異型度も上昇していることがほとんどであるから,腺腫の異型度の上昇に従って,と言い換えても大差はない。最終的に癌化する際には,p53の変異が起こるとされている。
このタイプの癌は,進行が非常に速く,悪性度が高い特徴がある。大きさが小さいにもかかわらず,粘膜下層への浸潤率が高いことが明らかにされている。一時期,このタイプからのprogressionが通常型進行大腸癌へのメインルートと考えられたが,現在では否定的見解が大勢を占めてきている。組織像は,病変全部が癌で構成されている例が多いとされてきたが,最近の報告では腺腫内癌も少なからずみられるようである。従来はde novo型癌の代表例とされてきたが,このタイプの癌もadenoma-carcinoma sequenceによる発癌メカニズムが再考されるかもしれない(ただし,一般的なadenoma-carcinoma sequence説ではなく,以前に喜納らが提唱したcancerization by progression説が妥当であろう)。このタイプの癌は,ki-rasやAPCの変異が少ないことが指摘されており,p53がキー遺伝子異常とされている。分子病理学的にはいまだ未解明の部分が残っている。
最近,進行大腸癌のメインルートの一つとして注目されている病変で,工藤らがその重要性を指摘した病変である。LSTはLST-G(結節型)とLST-NG(非結節型)に分類される。さらに,前者はLST-GH(LST-granular-homogenous:均質型)とLST-GM(LST-granular-mixed:混合型)に亜分類され,後者はLST-NG-PD(LST-non-granular pseudo-depression:偽陥凹型)とLST-NG-F(LST-non-granular-flat:平坦型)に亜分類される。それぞれ粘膜下層への浸潤率が異なっており,LST-GMとLST-NG-PDで粘膜下層浸潤率が高いとされている。LST型癌は腺腫内癌が多いが,その癌の特徴は多発性に発生することである。このタイプの遺伝子異常としては,LST-Gにはki-rasが密接に関与していることがわかっているが,LST-NGにおけるキー遺伝子異常は十分に解明されていない。
最近,serrated pathwayと呼ばれる発癌経路が注目を浴びている。これは狭義には,正常粘膜→過形成性ポリープ→無茎性鋸歯状腺腫(sessile serrated adenoma;SSA)→MSI陽性癌の順でprogressionする発癌経路のことを指している。鋸歯状腺腫からの発癌経路とは明確に区別されるものなので,混同しないよう注意が必要である。この経路で発生する早期癌の特徴は,(1)右側に多いこと,(2)高齢者の女性に多いこと,(3)肉眼像としては無茎性隆起であること,(4)鋸歯状腺腔を有していること,粘液癌・低分化腺癌を合併しやすいこと,(5)分子異常としては,BRAF,CIMP(CpG methylation phenotype),MSIを有していること,などであるが,このタイプの早期癌の特徴はいまだほとんど解明されていないので,今後さらなる検討が必要である。
近年,大腸癌において癌関連遺伝子のメチル化が発癌に密接に関与していることが指摘されている。今回示した早期癌の多くにも,メチル化が種々の程度にみられることが多い。今後,各早期癌のタイプ別にメチル化の関与について明らかにしていく必要があると思われる。