第2回
大腸良性腫瘍(上皮性・非上皮性)
和田了 | (順天堂大学医学部附属静岡病院病理診断科 科長・検査室長 順天堂大学医学部人体病理病態学 教授) |
病理組織診断業務をしている際,最も日常的に遭遇する大腸良性腫瘍である。基本的には,本来の大腸腺管に近似して,単一管状腺の形態を模倣するが,腫瘍腺管の密在性(back to back)がより高まったり,枝分かれ的増生(budding)がより目立つようになるにつれて,異型度が高まると認識され,これらと細胞異型の程度をもとにして,管状腺腫は低異型度腺腫と高異型度腺腫に亜分類される。写真では,腫瘍核が紡錘形ないし楕円形主体で,おおむね腺管基底側(外側)に位置し,細胞異型も軽度であるため,低異型度腺腫とされる。
通常の管状腺腫と比べると,腫瘍核は楕円形・立方形主体で,核が重なる傾向を有し,核/細胞質比も高く,癌との近似性が高まっており,この場合の管状腺腫を高異型度腺腫と呼ぶ。
丈の高い腫瘍腺管が腸管内腔側に向かって伸びた状態(いわゆる絨毛構造)が管状腺腫よりも目立つ腺腫で,かつ,腫瘍細胞の形状からは管状腺腫との共通点が多い病変を管状絨毛腺腫と呼ぶ。
管状絨毛腺腫に類似性を有するものの,腫瘍病変の側方進展が目立ち,かつ,絨毛構造が主体となる病変は,絨毛腺腫と病理組織診断される場合がある。しかしながら,今日,このような病変は病理組織学的・生物学的に潜在悪性と理解され,「絨毛腫瘍」と呼称されるとともに,純粋な良性腫瘍の分類からは外される傾向にある。
腫瘍腺管の内腔側が鋸歯状(欧米型ノコギリの歯)にみえる良性腫瘍を,鋸歯状腺腫と呼ぶ。提唱した際の原著論文からは,この提示写真のような腫瘍とみなされるが,個々の成分・性状を説明しようとすると,この原著論文における鋸歯状腺腫の定義が比較的ゆるやかであるということに気づかされる。そのようなことも背景にして,日常的な病理組織診断業務の中では,純粋な鋸歯状腺腫に加え,病変内に過形成性ポリープ成分,管状腺腫~管状絨毛腺腫成分が混合(混在)した病変として見い出されることも少なくない。
個々の腺管の組織構造からは過形成性ポリープと類似しているものの,腺管の密在性がより高い,腺管の下方分岐構造や嚢胞化を伴う,サイズが大きい(通常の過形成性ポリープの数倍:10mm前後),右側結腸に多い,等々の点から,通常の過形成性ポリープとは別の鋸歯状腺管増殖性病変と扱われる傾向にある。
これらはatypical hyperplastic polyp,large hyperplastic polyp,大腸鋸歯状腺管ポリープ・Type 3,serrated polypなどと呼称され,鋸歯状腺腫との異同性も問われており,かつ,大腸癌の組織発生ルート上においても重要視されつつある。将来的には,良性腫瘍に分類される可能性もありうる。
腺腫性病変内に腺癌組織(写真左側部分)が共存した腫瘍は,日常的に認められ,腺腫成分が優勢な病変を「腺腫内癌」,腺癌成分が優勢な病変を「腺腫成分を伴う癌」とそれぞれ呼ぶ。大腸癌組織発生説の代表説であるadenoma-carcinoma sequence 説の実例と認識されている。
KIT蛋白をもっている腫瘍で,多くの場合,紡錘型細胞の増生からなり,カハールの介在細胞あるいはその前駆細胞由来の腫瘍であると考えられる傾向にある。免疫組織化学的染色の一つであるKITまたはCD34に陽性となることが診断上において重要である。良性・悪性の判別が容易でないこともしばしばで,腫瘍径や腫瘍細胞分裂数等を目安にリスク分類を行い,予後判定するのが一般的である。
粘膜下腫瘍として,内視鏡的に切除された検体が平滑筋腫であったということはまれではない。通常は,写真のように,本来の粘膜筋板に連続して,錯綜的に増生した平滑筋細胞群として光学顕微鏡下で識別される。診断の基本は腫瘤化していることでもあるので,生検のみからの病理組織診断は好ましくない。
GISTとの鑑別が要されることもあるが,サイズがせいぜい5~10mm前後と小型であること,異型性が軽度であること,平滑筋系細胞らしくhematoxylin-eosin染色(HE染色)では好酸性にみえること,等々から鑑別診断はそれほど難しくない。
紡錘型腫瘍細胞の増生からなる腫瘍の一つで,常にGISTや平滑筋系腫瘍との鑑別が要される。HE染色では,軟部腫瘍の場合と同等に,腫瘍核が列状に並びつつ,その列が互いに向かいあうといった構造(palisading pattern)が見い出されることが少なくないので,HE染色からの病理組織診断推定は難しくない。ただし,病理組織診断を確実に行うためには,多種類の免疫組織化学的染色を行い,S-100タンパク染色:陽性,かつ,c-kit,CD34,各種の筋肉細胞マーカー染色:いずれも陰性,という「染色性」を,コントロール標本と併せて確認しなければならない。このことは,組織形態学をもとに病理組織診断を行っている専門医の立場からは不本意であるものの,今日,HE染色のみで神経鞘腫やGISTの病理組織診断を行うことは無謀といっても過言ではないだろう。
大腸では,かなりまれな良性腫瘍で,細胞質に好酸性顆粒(ジアスターゼ抵抗性のPAS染色陽性顆粒)を有することが最大特徴である。神経鞘由来とされ,S-100タンパク染色陽性となる。