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第36回

消化管生検診断の落とし穴と工夫(食道・胃・大腸,症例検討)

栃尾智正(薫風会佐野病院消化器病センター・内科)ほか

監修コメント

 本誌は最終号であり,本誌監修 杉原健一先生らの推薦で始まった『画像診断との対比で学ぶ 大腸疾患アトラス』も今回で最終稿となる。長い間,色々な先生方にご協力いただき,既に『大腸腫瘍病理組織図譜(2016年)』のなかに前号までの掲載内容はまとめてある。
 今回最終稿として取り上げたのは,「消化管生検診断の落とし穴と工夫」である。執筆者は,佐野 寧先生のグループである。佐野先生は新しい試みとして2つのことを行っている。若い先生方を対象にした教育セミナーと検診の薦めである。教育セミナーの一つがあとがきに書かれている「神戸舞子スキルアップアカデミー」であり,若い先生方が夜遅くまで熱心に討論している。その内容の一部が今回のテーマである。そのなかでも頻度の高い質疑応答を筆者がコラムとしてまとめた。
 もう1つは彼らが行っている検診の薦めで、平たくいえばねずみ講(network marketing, Ponzi Scheme)である。名前がよくなく怪しい商売のように受け取られるかもしれない。以前,本稿に症例を提示いただいた藤井隆広先生と工藤進英先生,吉田茂昭先生らで行っている関東Ⅱc研究会の講演で,佐野先生自身が自嘲的と思えるジョークとして,「ねずみ講」と言っていたので批判されないであろう。彼らが行っているのはnetwork health checking(NHC)である。検診を受ける重要性を患者さん同士で薦め合う,簡単には癌の発見と治療が終了後,その患者さんと主治医が話し合い,早期発見,早期治療の重要性を理解していただき,検診カードを渡し友人に薦めてもらうことである。その方が行く医療機関は本人の選択である。NHCが良いかどうかは読者の判断であるが,彼らの施設では確実に早期発見治療例が増加している。良い結果が前提にあるからその患者さんも検診の重要性を友人に知らせることができる。本稿で一病院のことを書くことは公の精神とは異なるというご批判もあると思う。しかし,本稿の本来の目的が良い診断と治療のための稿であることを考えると,NHCの普及は患者さんの幸せに通じるであろう。既に,始めている方は更に前進し,まだ始めていない方は是非これから進めて欲しいと思う。そのなかで病理診断精度の重要性がご理解願えれば幸いである。

(監修コメント=社会医療法人神鋼記念会神鋼記念病院病理診断センター長/福島県立医科大学特任教授 藤盛孝博)

症例1 胃壁内転移を伴ったBarrett食道腺癌

 60歳代,男性。スクリーニングの上部内視鏡検査で食道下部に約4cm大の腫瘤を認めた(図1A,B)。病変は周堤を伴う陥凹がみられ,ヨード染色で肛門側は淡~濃染していた(図1C)。手術が施行され,その病理組織像では,病変は口側と肛側に扁平上皮がみられ,粘膜部癌は高分化腺癌(tub1)と乳頭状腺癌(pap)から,浸潤部は低分化腺癌(por)からなっていた(図1D-G)。食道胃接合部癌は,食道胃接合部の上下2cm以内に癌腫の中心があるものをその組織型にかかわらず食道胃接合部癌とすると定義されている。TNM分類(第8版)ではSiewert Ⅰ/Ⅱ(食道癌)とⅢ(胃癌)に分類されている。一方,Barrett食道は,1)円柱上皮下の粘膜層に食道腺導管,あるいは粘膜下層に固有食道腺,2)円柱上皮内の扁平上皮島,3)円柱上皮下に粘膜筋板の二重構造が特徴とされ,Barrett食道腺癌は上記の円柱上皮を腺癌に置き換えると定義できる。
 図1D:胃内転移巣,図1E:扁平上皮から肛側腺癌への移行,図1F:腺癌と食道導管,食道固有腺および粘膜筋板の二重構造,図1G:口側腺癌から扁平上皮への移行。
Well differentiated tubular adenocarcinoma(tub1)
Papillary adenocarcinoma(pap)
Poorly differentiated adenocarcinoma(por)

 【Caption】
 図1 Barrett腺癌
 A,B:スクリーニングでの内視鏡検査。
 C:ヨード染色。

【Caption】
図1 (つづき)
D:胃内転移巣。
E:口側扁平上皮下にporがみられ,その口側にtub1+pap。
F:食道腺とその導管の上にtub1がみられ粘膜筋板が二重構造になっている
G:癌と連続する口側扁平上皮と癌下にみられる食道腺導管

病理解説(表1):
 DesminでBarrett腺癌の下に筋板の2層構造と食道腺および導管がみられた。癌浸潤の周囲には扁平上皮がみられ,肛門側扁平上皮から連続して胃上皮粘膜に移行している。胃体部(胃底腺領域)粘膜は非癌であり,粘膜下組織から漿膜下まで低分化腺癌の浸潤がみられた。
 HE染色ではリンパ行性に逆行して胃壁内転移したと思われたが,D2-40によるly因子は微量で,むしろEVGで静脈内腫瘍栓がみられ,閉塞から逆行して胃壁内浸潤したのではないかと推定された。静脈内腫瘍栓は腎細胞癌では比較的多くみられるが,消化管癌では稀な病態である。

表1 Barrett腺癌と関連粘膜における免疫染色での比較

症例2 異時性・同時性多発を認めた早期癌

 胃癌内視鏡切除後の異時性多発癌の発生頻度は3~14%とされ,年間発症率は1~3%と報告されている。これらの80%が1年以内であり,ほとんどが2年以内に発見されている。癌の発育を考えるとほとんどが初回見逃しと考えられる。当然であるが,ER(endoscopic resection,EMR,ESD,polypectomy)は局所治療であり,癌発生母地の胃そのものを残す治療である。したがって,いかに多発癌を見逃さないかが重要である。
 本例は60歳代, 男性。1年前に前庭部前壁の早期癌をESDで完全切除された後の定期検査で,異時性病変を2ヵ所指摘された。生検の結果,癌と診断されESDとなった。図2A-Cが微小病変の内視鏡像であり,瘢痕の近傍に約2mmの隆起性病変が認識できる。図2Cは黄色の点線でDemarcationを伴うirregular microvascular patternを示している。図2DがESD後の病理標本であり,生検で縮小したため数腺管の低異型度腺癌であった。図2Eは体下部前壁の7mm大の軽度隆起を伴う陥凹性病変がみられた。図2F,GがそのESD標本である。高~中分化腺癌で隆起部に一致して異所性胃腺の増生がみられた(図2F)。癌はtub1+tub2で一部手つなぎ腺管(hand-shaking)であったが,ESDで完全切除された(pT1a:M,ly0,v0,pHM0,pVM0)(図2G,H)。

【Caption】
図2 異時性・同時性多発がみられた早期胃癌
A:微小病変の内視鏡像,黄色矢印が病変。
B:微小病変の色素内視鏡像,黄色矢印が病変。
C:拡大NBI像,黄色点に囲まれた領域が病変。
D:ESD後の病理標本(スケール参照)。

【Caption】
図2 (つづき)
E:体下部の病変の色素内視鏡,黄色点で囲まれた領域が病変。
F:異所性胃腺の粘膜部にtub1+tub2。
G:手つなぎ腺管(hand-shaking)からなる癌組織。
H:陥凹病変の周囲の非癌上皮下の固有層にみられたtub1+tub2。

症例3 胃底腺ポリープ関連異形成

 胃底腺ポリープ関連異形成(fundic gland polyp-associated dysplasia)については,WHO分類では前癌病変の一つにあげられ,胃底腺ポリープの構成成分のうち腺窩上皮に異型(異形成)がみられるとされている1)。
 50歳代,女性。胃癌検診での上部消化管内視鏡で胃穹窿部5mm大の発赤隆起性病変が認められた(図3A,B)。インジゴカルミン散布像(図3C)では,胃底腺ポリープ様の小管状pit(胃小窩模様)がみられ胃底腺ポリープを疑ったが,通常みられる胃底腺ポリープに比べて発赤が強いことから,念のため生検を行った。生検標本(図3D)では胃底腺ポリープに腺窩上皮の過形成がみられ,そのなかに異型腺管(異形成)がみられたが癌との鑑別が困難なため(図3E),完全生検を目的に内視鏡切除が行われた。切除標本(図3F,G)では,生検で縮小したため0.5~1mm弱の隆起性病変がわずかに残っていたのみであった(スケール参照)。癌との異同も含めて本疾患の自然経過は今後増加する低異型度腺癌とともに注意していく必要がある。

【Caption】
図3 胃底腺ポリープ関連異形成
A,B:胃癌検診での上部消化管内視鏡。
C:インジゴカルミン散布像。
D:生検標本の弱拡大(スケール参照)。
E:腫瘍病変の拡大(スケール参照)。
F:ESD標本の組織。
G:ESD標本での腫瘍組織の遺残部。

症例4 大腸憩室関連ポリープ(diverticular polyp of colon)

 憩室関連ポリープ2)は稀な疾患であるが,大腸憩室に付随してみられる隆起性病変でS状結腸に好発する。臨床症状としては,出血や大腸閉塞,腸管外膿瘍などで外科治療されることがある。病理組織としては出血,ヘモジデリン沈着とともに,いわゆる粘膜逸脱症候群(mucosal prolapse syndrome;MPS,図4A)と同様の線維筋症がみられると報告されている。
 本例は70歳代,女性。体重減少の精査のために大腸内視鏡検査が施行された(図4B,C)。S状結腸には憩室が多発してみられ,通常白色光観察(図4B)では右下の憩室の近傍に15mm程度の境界不明瞭な粘膜肥厚がみられ,NBI拡大観察(図4C)では,vessel pattern,surface patternのいずれもが周囲粘膜と同様であり,非腫瘍性病変と診断した。生検標本(図4D)では,粘膜上皮の過形成とともに小血管と筋線維増生がみられた。憩室関連ポリープは腫瘍性病変との鑑別も含めて多発憩室症のS状結腸病変として留意する必要がある。


【Caption】
図4 大腸憩室関連ポリープと類似病変の組織像
A:MPSにみられた線維筋増生。
B:大腸内視鏡検査;通常白色光観察。
C:大腸内視鏡検査;NBI拡大観察。
D:上記病変の生検組織。

あとがき

 今回用いた症例は,薫風会佐野病院(主催:佐野 寧先生)で毎年開かれている教育セミナー,「第6回 神戸舞子内視鏡スキルアップアカデミー」で熱心に討論いただいた。感謝をこめて以下に参加者を記載する。佐野 亙先生(座長,佐野病院),藤盛孝博先生(病理解説,神鋼記念病院),多田尚矢先生(香川労災病院),安田剛士先生(京都府立医科大学),南方信久先生,奥村麻里先生(京都民医連中央病院),戎谷信彦先生(住友病院),山田 学先生(香川県済生会病院),樋垣 優先生(市立豊中病院),上野由香里先生,池田結香先生(神戸市立医療センター中央市民病院),平野慎二先生,金森厚志先生(大阪市立大学医学部附属病院),片岡滋貴先生(京都大学医学部附属病院),丸野裕季先生(JR九州病院),町田浩久先生(まちだ胃腸病院),澤井寛明先生(高槻病院),戎谷 力先生(兵庫県立加古川医療センター),服部三太先生,藤田幹夫先生(総括 佐野病院)。

●文 献
1)九嶋亮治.胃型形質の低異型度分化型胃腫瘍.胃と腸.2018;53:5-8.
2)Chetty R, Bhathal PS, Slavin JL. Prolapse-induced inflammatory polyps of the colorectum and anal transitional zone. Histopathology. 1993;23:63-7.

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