第16回

大腸細胞診アトラス
Cytological assessment of colon cancer

伊藤智雄(神戸大学医学部附属病院病理部 教授) ほか

1.大腸癌の細胞像の基本を症例から学ぶ

肉眼像
細胞診。長楕円形の核とその柵状配列に注意
組織像。高円柱上皮,重積性のある核など典型的な大腸腺癌の像である。
bにみられる柵状配列の模式図。

a:肉眼像。
b:細胞診。長楕円形の核とその柵状配列に注意。
c:組織像。高円柱上皮,重積性のある核など典型的な大腸腺癌の像である。
d:bにみられる柵状配列の模式図。

 大腸癌の細胞診検体に接することは,今日では比較的まれといってよい。しかし,依然として転移巣の診断などで遭遇することはあり,その細胞像をよく知っておく必要がある。
 ここでは,直腸癌の症例から捺印採取された細胞診標本を題材として,その診断法の基本を述べる。症例は60歳代女性直腸癌である。
 大腸癌の細胞所見は,高円柱状の核と偽重層化した長楕円形の核が基本であり,細胞診では柵状の配列として認識することができる。壊死性の背景も特徴である。

2.転移先での診断をどうするか

症例の細胞診。高円柱状で柵状配列を示す核がみられる。
参考症例(原発性肺癌)。症例と同倍率である(対物×20)。細胞はより小型で背が低い。核も類円形~卵円系である。

a:症例の細胞診。高円柱状で柵状配列を示す核がみられる。
b:参考症例(原発性肺癌)。症例と同倍率である(対物×20)。細胞はより小型で背が低い。核も類円形~卵円系である。

 症例は70歳代男性,肺腫瘤。大腸癌の既往を有する。原発性肺癌か転移性肺癌か鑑別が必要であり,経気管支細胞診が採取された。高円柱状の核と偽重層化した長楕円形の核を有する腫瘍細胞がみられる。この所見は大腸癌に特異的ではないが,他臓器の腺癌はやや背の低い円柱状,立方上皮であることの方が一般的である。したがって転移性の方が考えやすい。ただし,大腸以外の臓器にも腸型(intestinal type)の腺癌が発生するため,最終的には臨床事項を併せた総合判断が必要である。

3.腹水で腺癌が検出された。原発部位は?

セルブロック(H&E染色)。高円柱状,重積性のある核。一部に杯細胞もみられる。
CK7免疫染色陰性。
CK20免疫染色陽性。

a:セルブロック(H&E染色)。高円柱状,重積性のある核。一部に杯細胞もみられる。
b:CK7免疫染色陰性。
c:CK20免疫染色陽性。

 これまで,細胞診は純形態学的な診断手法がとられることが多かった。しかし,それのみでは原発巣の推測は困難である。組織診と同様,免疫染色を併用すれば,より正確な診断が可能となる。細胞診における染色手法は多種あるが,最も免疫染色に適したものはセルブロックである。特に腹水など多量の細胞が採取可能な場合には特に有用性が高い。実際の症例を図に示す(60歳代男性)。多量の粘液を産生する腺癌が腹水から検出された。原発巣の推測のため免疫染色を行い,CK7-,CK20+であることが判明した。この結果からは大腸原発が考えられ,また粘液を産生していることからは虫垂原発も十分に考慮する必要がある。参考としてCK7/CK20プロファイリングによる鑑別表を表に示す。他に,cdx2などが大腸癌のマーカーとして有用である。

CK7/CK20プロファイリングによる腺癌原発部位の推測

細胞診の位置づけ
細胞診は以前,あくまでもスクリーニングとしての位置づけであったが,近年では確定診断をつけるための手法ともなっている。また,病変へのアプローチの方法が進歩するにつれ,検体はより小さくなり,細胞診の手法が以前にも増して重要になってきている。免疫染色の応用なども可能となり,今後のさらなる進歩が期待される分野でもある。

剥離細胞か新鮮細胞か
細胞診は古くは剥離細胞を用いていた。これは,腹水や自然尿などで,自然に剥離した細胞を観察する手法である。組織から剥離したのち,ある程度の時間が経って採取されるため,細胞には変性が加わる。一方,穿刺や吸引等の方法では,病変から直接細胞を採取し,観察される。このような新鮮細胞は,変性は乏しく,また,穿刺などでは間質組織が同時に採取されてくるため,組織診断により近いものとなる。このように採取方法により所見に差異が生まれるため,検鏡にあたっては採取法を正しく把握することが求められる。細胞診の依頼にあたっては,組織診よりもシンプルな記載で申し込みが行われることが多いが,決して好ましくない。採取法,臨床経過など,必要な情報を添えた上で検査に提出する必要がある。

細胞診の採取方法

細胞診の採取方法
細胞診の採取からプレパラートへの塗布に至る方法には,表1のようにさまざまな方法がある。近年はliquid-based cytology(LBC)法が導入されつつある。これはブラシなどで採取された細胞を液状の専用保存液中に撹拌し,その後専用機器を用い,細胞をプレパラート上に単層に塗布する方法である。この方法では従来みられた細胞の重積化が起きないために,効率よく細胞の観察が可能である。その他,細胞のlossが少ない,背景がきれい,ある程度の領域に細胞が集まるため観察が容易,免疫染色なども可能など,さまざまな利点がある。しかし,コストが従来法よりかかるため,本邦では普及が遅れている。

細胞の固定方法

細胞の固定方法
細胞診では表2に示すように,染色に応じた固定方法が求められる。特に湿固定は,細胞の乾燥を嫌う。乾燥した固定はコントラストが低く,診断不可能となりうる。プレパラート上に細胞を塗布したのちは"ただちに"(数秒以内)に固定液へと入れる必要がある。細胞診検体は臨床医による固定が行われることが多いが,このことは常に留意する必要がある。

染色の有用性を知る(図)

腹水中の腺癌(パパニコロウ染色)。偏在した核が特徴である。
同症例のPAS反応。胞体内にPAS陽性の粘液が観察される。
ギムザ染色(中皮腫)

図 細胞診の染色

a:腹水中の腺癌(パパニコロウ染色)。偏在した核が特徴である。
b:同症例のPAS反応。胞体内にPAS陽性の粘液が観察される。
c:ギムザ染色(中皮腫)

細胞診の染色はパパニコロウ(Papanicolaou)染色が基本である。この染色ではヘマトキシリン(hematoxylin)によって核が,オレンジG,エオジンY,ライトグリーンSFYによって細胞質が染め分けられる。角化物がオレンジG好性に染色され,診断に有用である。その他必要に応じてさまざまな染色が行われるが,重要なものにPAS(periodic acid schiff)反応,ギムザ染色がある。PAS反応は多糖類の証明に用いられ,消化管領域では粘液の検出に重要である。あらかじめジアスターゼで消化すると,グリコーゲンは陰性化し,粘液は消化耐性であるため陽性のままである。ギムザ染色は腹水などの液状検体に特に有用であり,中皮細胞などの観察に適す。また,乾燥固定のため,細胞のロスが少ないことが特徴で,腹水などでは必須ともいえる方法である。

判定基準

パパニコロウ分類
3段階方式

わが国では伝統的にはパパニコロウ分類(表3)に従って判定が行われてきた。この方法ではClass ・~・に分類され,広く用いられている。施設によってはさらに亜分類を用いるところもある。しかし,現状では国際的にはほとんど使用されなくなっており,3段階方式(表4)が望ましい。また,より具体的な診断名,いわゆる記述診断を報告することが求められるようになってきている。

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